ゴールへのいくつもの道
ゴールにたどり着くには、いくつもの道があります。
その道は、どれを選んでもいいです。
それは、自由に選べるのです。
ロケット教室をしてるとき、
子どもの中には、間違えてしまう子もいます。
僕は、間違えた時は、「やってもうた!」と言って助けを求めるん
子ども達がおそるおそる手を挙げて助けを求めてきます。
(さすがに、やってもうた、と言える子はあんまりいない)
そのとき、僕は、心配そうに間違えた部分を手で隠しつつ見せてく
大丈夫、大丈夫。
ああ、こう考えてこうなっちゃったのかな?
このままでも飛ばせるけど、こうした方がもっとよくなるよ。
この世には取り返しのつかない失敗はないんだよ。
あ、うそ。あるわ。一つだけ。それは死んじゃうことです。
だから死なないでね。
そりゃいいとして、こうやったら、こうなって、ほら大丈夫。
いや、僕も最初、同じことしたから、なおしかた考えたんだ。
これで、ほかの子が困っていたら助けられるね。
と伝えます。
そしてそれは、相手によって、トラブルによって、変わります。
うちの会社でのロケット教室の時は、
何人もでサポートをします。
だから、人によっては、「そのままでも大丈夫」という人もいるし
時々、子ども達のなかに、迷う子がいます。
「さっきの人はこういって、いま、こういわれた。どうすればいい
そういうときは、僕は、「ああ、どっちでもいいよ。」と答えます
すると子どもの中には、困ってしまう人もいます。
そういう子は、きっと、同じようなケースで嫌な思いをしたことが
それは、例えば、こんなことです。
何かをしていたら、ある先生に、こうしろ、と言われ、
それをやっていたら、別な先生に、
「おまえ、なにやってんだ!」と怒鳴られ、
「◯◯先生に言われてこうやっています。」と答えたら、
「なんだ・・ブツブツ、いや、こうしないとダメだ。こうしろ!」
しょうがないから、二つ目の指示どおりにやっていたら、
今度は、最初の先生に「なにやってんだ!」と怒られ・・・
これは、僕も経験があります。
こういう目にあうと、自分で考えることができなくなります。
どうしていいのかもわからなくなります。
かかわってしまった自分が不運だったと、後悔します。
そして、再発を防止するためには、
なるべく誰かがやっているとおりにやればいい、になります。
このケースでは、誰が悪いのか?
それは、もう間違いなく、先生です。(このケースではですよ。)
先生のどこが悪いのか?
それは「こうしないとダメだ」という指導です。
ゴールに行くには、いくつもの道があるのに、
「こうしないとダメだ」と言われると、
道が一つになります。
そうすると、考えることができなくなります。
だから、重要なのは、
「こうしたらもっといいかもよ。」です。
誰かが掃除をしていたら、
そのホウキの持ち方や腰つきに「ダメだ」と言うのではなく、
「こうしたらもっといいかもよ。いろいろ試してごらん。」
と言った方がいいと思います。
それは、自分に対してもです。
「こうしないとダメだ」ではなく
「こうしたらもっといいかもよ。」という言葉を
自分に対しても使うといいと思います。
否定ではなく、受容と発展です。
道は一つではありません。
いろんな道を試した方がいいです。