植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

単語にとらわれずに、文脈をよもう。

いま読んでいる戦前の日本のことを書いている本の中で、
「欧米では文脈を読むのに、日本は単語にとらわれる。」
という言葉がありました。

たしかにそうもな。と思います。

僕の会社ではパワーショベルなどに取り付けて、
非鉄ゴミの中から鉄くずを除去する電磁石を作っています。
徹をくっつけて持ち上げて運ぶことから、
電磁石は、「吊り具」と定義されます。
しかし、日本の労働安全衛生上のきまりの多くは、
電磁石が普及する前からあります。
そこでは「吊り具」は、クレーンなどのフックを意味します。

大昔のクレーンのフックは、それこそフック船長の手のように、
ただカーブしているだけで、そこにロープやワイヤーなどを
引っ掛けていました。
でも、その方法だと、フックからロープなどが外れてしまう事故もあったようで、最近のフックには、外れ止め装置、なるものがついています。それは、フックの根元につく「舌」のようなパーツです。
写真の、銀色の部品です。
バネでうごき、フックの口に、入るのは自由だけど、でる(外れる)ためには、外れる方向と逆の力が必要です。
シンプルでとてもよい仕組みです。

で、吊り具には外れ止めが必要」という文言が、
電磁石にも外れ止めが必要、と解釈されてしまうことがあります。
なぜなら、電磁石は吊り上げる装置だから、吊り具だからだそうです。

でも、電磁石に、こんな銀色の舌をつけてもどうにもならないですね。

ということで、吊ったものを落とさないようにする装置をつけろ、
ということになりますが、
小さな鉄くずとか、どうやったら落とさなくなるかな。
磁石で吸着したあと、バケットのようなもので、磁石に吸着したものを全部覆ってしまえばいいかな?
それはとても複雑な仕組みになり、操作性も著しく低下するでしょう。
さらには、電磁石には、様々な形のものが吸着されますから、
それらに対応できるバケットも、ちょっと難しいかも。
そもそも電磁石は、リサイクル作業において、ゴミの中に入って鉄くずを拾う作業を人間が行うと危険だし過酷な労働になるので、それらを改善するために採用されたものですが、このような判断で電磁石が実用できなくなったら、また元通りに、人間がゴミの中に入って・・・になってしまう可能性があります。

実際には、労働基準安全に関する決まり事の中には、
電磁石の項目もあります。
安全に吊れるかどうか、確認してから吊り上げること、となっています。そこには、外れ止め、という言葉はありません。

でも、まれに「電磁石=吊り具なのだから、外れ止めが必要ではないのか!」と、実際の作業も物も見ないで、テキストだけ読んで考えてしまう人もいます。

こういうのが、文脈を読むではない、単語にとらわれる、という状態なのかもな、と思います。

フックに外れ止めが必要になったのは、
吊り上げ作業を安全にするためだと思います。
外れ止めは、手段の一つです。

文脈を読む、ではなく、単語にとらわれる、になってしまう原因には、もしかしたら、漢字一つ一つが意味を持つ文化も影響しているのかも。
だとしたら、日本人は、永久に、単語にとらわれるのかも。
でも、そこから抜け出した方がいいように思います。

文章を読む時は、その文章が何を言いたいのかを考えるのが一番です。
文章を構成する単語や言い回しなどを一つ一つジャッジしていては、
その文章の本来の意味は伝わらない可能性があります。
これは人間関係においても重要です。
会話の際にも、何を言いたいのかを考えるのではなく、
相手の言葉尻ばかり気になるようでは、意思疎通は成り立たないです。

CAPでは、子どもの悩みの相談を聞くための大事な方法として、
「尋問しない」というのがあります。
子どもが相談してくれることは、話しているうちに理解が深まってくることもあるので、「あんた、さっき言ってたこととちがうでしょう!」という台詞は使わない方がいいそうです。
重要なのは、悩み事を話せる安心できる存在になることであって、
悩み事を解決することではないのだそうです。

僕は、人に相談しない子どもでした。
相談しても、的外れな答えしか得られないことを知ったからです。
でも、それは、とても寂しい生き方だったと思います。
遠回りもしたと思います。

だから、単語にとらわれず、文脈を読める人が大切だと思います。
そういう人が側にいてくれたら・・・と思います。
だから、自分がそうなれればいいなと思っています。