植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

秋田の工業高校はすごい!

昨日は秋田の工業高校の周年事業でお話しさせていただきました。

秋田と言えば、学力がすごい県です。
その学力重視の県で、工業高校を選ぶのは、
どんな子達かな、と思っていました。

僕の地元では、大人の認識は、
(1)工業高校は、普通高校に行く学力の無い子が行く場所。
(2)工業高校は、ガラが悪く、不良が多い。
でした。
それを、中学校の進路の先生までもが、子どもにおしえます。
ということで、ますます、その傾向はつよくなります。

「あの学校は、問題が多いらしいよ。」
「あの学校の生徒は、レベルが低いらしいよ。」
という、大人の勝手な、噂に基づく根拠の無い憶測判断が、
学校そのものをダメにしてしまうケースは少なくありません。
まったくもって、くだらない話しです。

ネット上でも、自分の子どもを進学させるためには、
どの学校がいいのだろう?という質問はよくみかけます。
それに対して、答えている内容は、たいていは、
かなり古い情報で、しかも、その学校に関わりのない人が答えています。

今日本は、低度情報化社会、と言われています。
本来はインターネットは、だれもが、どんな資料も利用できる、巨大でグローバルな図書館になるはずでした。
しかし、いまは、根拠の無い憶測情報が溢れています。
しかもそれは、ヒット件数が多いだけで、さも本当であるかのように感じられてしまいます。
これは、恐ろしいことです。
誤った情報に基づいた判断は、誤った判断にしかならないです。

僕としては、一度出版されただけで再販されないような学術書などは、本当は電子化してほしいです。
(ただ、Kindleも買ってみたけど、使ってないなあ・・・)

で、秋田の工業高校の生徒はどんなだったか。

まず、先生の行動が違います。
目付きも視線も姿勢も、かっこいいです。
信頼できる感じが伝わってきます。

ということで、生徒さんも、素晴らしいです。
女子もかなり多いんだけど、
男子も含め、服装も、姿勢も、視線も、目付きも、かっこいい。
写真を撮ってくれた写真部の女の子も、
その動作が、プロっぽいきびきび感に溢れています。

最後に、花束を渡してくれて、お礼の言葉を伝えてくれる女の子は、僕の本を読んでくれて、自分から、その役をやりたいと言ってくれたそうです。
彼女が、その本にサインを求めてくれましたが、
彼女の持つ僕の本は、付箋だらけです。
それだけで、本当に涙が出そうです。

講演も、最初こそ、どんな反応をしていいのかわからなかった生徒さんは、小ネタで爆笑してくれましたが、
途中から、静かになってしまいました。
これは、とても怖いです。
以前、講演した高校でも、途中から全く静かになってしまって、
しかも、体育館の中は真っ暗で、生徒さんの顔が見えないから、
「もしかしたら、全員寝ているのでは?」と、
ものすごく不安になってきます。

でも、今回は、会場が見えました。
そして、お話が終わったら、みんなの拍手が嬉しかったです。
ちなみに、前回の、全員寝ているのでは?学校も
講演が終わった後、退場しても拍手が続いていました。
とても嬉しかったです。というか、泣けました。

先日の、てっぺんさんでの講演のあとの懇親会で、
僕は、集まってくれてる人に聞きました。
「いまが一番勉強してるでしょ?」って。
そうしたら、みんながうなずきました。
そうです。実は、人間は、一生学べます。
では、何を学ぶのか?
それは、わからないことに出会うから、学ぶのです。
問題や、トラブルや、解決したいことに出会うから、学ぶのです。
そして、そういう学びこそが、本当の力になります。

実は、学校にいる時よりも、社会に出てからの方が、
はるかに学ばなければいけないです。
(ただし、おとなになっても、目の前の問題を解決したいと思わなければ、学ぶ必要も生じません。)

18歳の大学進学率。日本は欧米に比べて8倍ほどだそうです。
高校を出たら、なんとなく大学。という常識が押し付けられています。
だから、学校が「進学率」や「偏差値」で評価されるのです。
でも、進学率も、偏差値も、社会ではまったく評価されません。
まちがった情報での判断は、間違った結果にしかなりません。

秋田工業高校の子達は、自ら、はやく社会に関わる道を選び、
また、工業高校で、やったことがないことに出会った結果、
もっと知りたいことができたから進学するという、正常進化をしている子達でした。
素晴らしい学校でした。
彼らの力強くてかっこいいまなざしが、日本をよりよくします。
だって、彼らは、問題に気がついたら、考えるだけじゃなくて、
作れちゃう人達ですから。
そりゃもう、ばんばん問題を解決しちゃうでしょう。

僕ら大人は、そんな彼らを、必死で支えるべきです。
僕は、必死で支えます。
そう思えるような、素敵な子達でした。