植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

猿の示威行為と同じことやっていないか気をつけよう。

僕は、猿の惑星、という映画が怖いです。
小さい時に見た恐怖が残っています。
だから、猿が恐いです。
その怖さに拍車をかけたのは、諸星大二郎さんの「西遊妖猿伝」という漫画です。猿、怖い。

ということで、いつものパターンですが、
僕は、猿についてかなり調べてしまいます。
もちろん、猿の惑星という映画も、昔のも、今のも、コンプリートです。

で、最近、新しい映画を見ました。
アルツハイマーを改善するための薬の開発の実験が
幼い猿に影響し、どんどん知恵がついていきます。
でも、あるとき、人を襲う事件を起こしてしまい、
猿の収容施設(?)に入れられてしまいます。
ずっと人間と暮らしていて、知恵のある猿が、
普通の猿と一緒にされてしまいます。
当然のように、猿のボスは、新入りを攻撃します。
大声を出し、暴れ、叩き、大騒ぎです。
その映像は、CGだと思うのですが、本物のようです。
僕も、猿の生態のドキュメンタリーもたくさん見ますが、
そこに登場する本物の猿のボスの示威行為と、
映画のCGは、ほんとうに良く似ていました。

やがて、攻撃された知恵のある猿は、
その猿園に閉じ込められていたゴリラを救います。
そのゴリラは、その知恵のある猿と仲良くなります。
すると、攻撃していたボス猿は、すっかり大人しくなってしまいます。
まあこれは、現実にはあり得ないことかもしれませんが、
でも、その光景は、人間社会ではよく見かけるなあ、と思います。

暴力を行使するものほど、暴力に弱いです。
権力や権威にとらわれないように見えて、
実は、自分たちで権力と権威を作り出し、
そのヒエラルキーの中で、自分の居場所を守るので精一杯です。
でもそれは、もしかしたら、相当に原始的なことなのかもしれません。

僕らは人間です。
人間は、困難と立ち向かい、工夫して、努力して、
社会と文明を積み重ねてきました。
それを破壊するような行為は、人間の努力を踏みにじる行為だと思います。

自分の行為は、暴れるボス猿の示威行為になっていないか、
ということを、僕らは、注意したほうが、より文化的ではないかと思います。
(学校などの教育現場で、あの暴れる猿のシーンを見せたら、同じような行動をする人が減るんじゃないかなと思ったりもしました。)