植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

生徒の可能性を信じてほしい。

植松電機には、たくさんの子達が見学に来てくれます。
それでも、修学旅行の季節は限定されるし、
植松電機の稼働日じゃないと見学対応できないので、
見学シーズンの日程はびっしり埋まってしまいます。

そこで、少しでも多くの子達に体験してもらうために、
2年前から、複数の学校を同時に引き受けるようにしました。

昨年、ある問題がありました。
複数校の引き受けをしているときに、
ある学校の子が、隣の学校の子が自分を睨んでいると思い、
つかみかかってしまいました。
(その子は、普段は不登校で、この見学旅行にも来ないはずだったのが、当日になって参加してくれたのだそうです。)
幸い、大きな怪我もなく、プログラムも予定通りにできたのですが、ちょっと残念な出来事でした。

いままで、6年ほど見学の対応をしていて、
数万人の対応のなかでの、唯一のケースです。

で、今年。
つかみかかられた側の学校が、再び、
たまたま、同じ学校と一緒の日程になりました。
すると、
「またやられたら困るので、席の配置を変えてくれ。」
と要求してきました。

僕は、その要求に、心底がっかりしました。

なぜなら、先生は、生徒を教育するのが仕事のはずです。
生徒の中には、問題行動を起こす人もいます。
そういう生徒を、教育するのも先生の仕事のはずです。
未成年が犯罪を犯しても、罪に問われないのは、
更生する可能性を信じるからです。
先生は、生徒の、更生の可能性を一番信じるべき職業だと僕は思います。
それが、他校の生徒であったとしてもです。

それが、「またあの学校だから、またやられるかもしれない。」と判断するということは、
その学校の先生のことも信じていないし、
生徒のことも信じていないように感じてしまうのです。
もちろん、自分の学校の生徒が怪我をしたりしないように守ることはとても大事なことです。
だとしたら、僕が先生だったら、その学校の先生と話をします。
問題のある子がいるならば、どう対処すべきかを話し合います。
それは、お互い様だと思います。

でも、複数校を引き受けたとき、大抵は、それぞれの学校の先生同士が、互いに挨拶したり、話をしたりしますが、
時々、まったく無視で、つーん、としてる学校もあります。
それは、異様な雰囲気です。
そういう学校の先生は、自分たちが子どもたちに、異常な社会性を教えてしまっているってことに気がついていないのかも・・・

先生という人は、生徒の可能性を信じてあげてほしいです。
そして、その可能性を伸ばすために仕事をしてほしいです。
「こいつはもうだめだ」「お手上げだ」
と放棄せず、もしも本当にお手上げならば、違う方法ででも、
とにかく、見捨てないでほしいです。

家庭で見捨てられた子にとって、
見捨てない人、という存在は、最後の砦です。
そのために、「義務」教育があるのだと、僕は思います。

先生の役目は、
工業製品の検査官ではないはずです。
基準を満たさないものを排除するのではなく、
その子が、どうやったら社会に適合できるかを考える
存在であってほしいです。