植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

生活困窮は社会保障システムの不備のせいなのか?

先日、新幹線で、とんでもない自殺を図った人がいました。
ニュースは、その人の年金が少なくて、家賃も払えず、生活が困窮していた、なんて話題になっています。
え?この事件って、社会保障制度の不備のせい?

実は、日本は、家の寿命がきわめて短いです。
数千万円の投資が、30年ほどで無価値になります。
そうしなければ、次の家が売れないからです。
だいじなことだから、もう一度書きます。
そうしなければ、次の家が売れないからです。
その結果、それに連動して、借家の賃料も高くなっています。

海外の場合は、豪邸もあるけど、トレーラーハウスもあります。
住むためのコストには、かなり幅があります。
しかし日本は、新築しても、賃貸しても、支払額はそんなに代わりがありません。その選択の幅は、とても狭いです。
だから、収入が少ない人にとって、家賃負担はかなり大きくなってしまいます。

新規住宅着工件数を高い水準に維持しようとした結果、
日本では、住むことが、かなりの負担になってしまっています。
(敷金などの仕組みも、日本独特だしね。)
この仕組みを改善する努力をしなければ、
日本人ががんばって働いた結果が、寿命の短い家に投資され、それはゴミになります。日本人の労働力がゴミになっています。
これでは、日本国が豊かになるわけ無いです。

戦後の復興期や、高度経済成長期に、ものすごい勢いで人口が増えた日本では、家がどんどん建ちました。
でも、もう人口は減っているんです。もしも家の寿命が本当に100年とかもつならば、これからは、家はあまり続けるはずです。もう建てる必要なんて無いはずです。
でも、寿命が短いおかげで、今日も新築の家が建ちます。
数十年で無価値になることに、莫大なお金を投資しています。
これは、支出先としては、かなり間違ってるように思います。

人口急増時代に対応した経済システムのまま、人口急減少時代に入ってしまった日本では、まだしばらく、経済システムのつじつまの合わない部分を、個人が背負わされるでしょう。
幼い子ども達を道連れにした無理心中の報道も、今年はちょっと多いような気がします。
それを、「社会保障制度の不備」なんて言葉でごまかさないで、
経済システムそのものを変えていく努力が必要だと思います。

消費に依存しない経済システム。
これをしっかり考えるべきだと思います。