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植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

単純になにかのせいにすると、問題は解決しない。

科学の発展は人類にとってマイナスである。
という認識を持つ人は、わりといます。
 
そういう人は、
原子力核兵器について論ずることが多いです。
それも、誰かが書いた文章を鵜呑みにしてるケースが多いです。
 
でも、僕は、原子力核兵器の問題は、科学者の手を離れた後に起きているように感じます。
原子力発電を、「安い」「安全」「クリーン」というイメージで「普及」させたのは、科学者ではない人たちだと思います。
安全対策が不十分な原子力発電所を設計したのも、科学者ではないです。
核兵器を広めたのも、科学者ではない人たちです。
 
もちろん、問題のある科学者もいます。
なぜなら、科学者の研究予算のほとんどは、国からでているからです。
そのため、国に迎合し、国にとって都合の良い、偏ったり、ゆがんだり、事実とは違う研究や成果を発表し続ける「御用学者」といわれる人たちもいます。
でも僕は、この問題も、「国しか出資者がいない」という状況に問題があるように感じます。
もっと、民間での研究開発投資があれば、御用学者は増えないと思います。
海外では、民間の企業では無い組織が、研究開発に出資する仕組みもあるそうです。
 
たしかに、東西冷戦の時代に行われた、国家レベルの科学の発達に伴い、様々な問題が生じたように思えます。
でもそれは、資本主義、共産主義にかかわらず、無知と、あやまった経済活動がもたらした問題のような気がします。
 
かつてひどかった公害は、科学の発達によって、かなり抑えられています。
公害を抑えるためのコストをかけたくない国が、いまだに汚染を放置していますが、それは、科学の発達とはちがう次元の話です。
 
ちなみに、「ある科学技術が原因で失われた人命の数」で言うと、
戦争という状況を除けば、最大なのは、自動車です。
では、自動車の発達や生産は、人命軽視の害悪でしょうか?
自動車の開発が進んだおかげで、燃費も良くなり、安全性も高まり、事故も減る方向にありますが、これも、しないほうがいい科学の発達でしょうか?
 
おおよそ、どんな問題も、単純化して、誰かのせいや、なにかのせい、にしてしまうのは簡単なことです。でもそれでは、思考は停止し、問題は解決しません。
時々、お隣の国で事故や災害があると、「やっぱり〇〇人はダメだな!」なんて言ってる人がいますが、そういう単純化は、知性的ではないです。
同じように、科学者だけに責任があるかのように考えるのも、知性的ではないと思います。
どんな問題も、一つの要因で生じることはないです。様々な要因が絡み合っています。それを分析して、どうしたらもっとよくなるかを考えるほうがいいです。
現代社会の様々な問題を、「科学者」のせいにしてしまうと、問題の本質を見失うかもしれません。
責任を負わされるのは、科学者だけでは無く、人類みんなで「よりよく」を考えた方がいいはずです。
 
僕がやってる宇宙開発は、よく、行政の方からは、「産学官連係の成功例ですね。」と言われます。
そうかなあ?そうかもな。
 
現在の産学官連係は、官学産連係だと思います。
官=財源
学=財源に迎合
産=研究開発で利益を出して終了
というケースが、とても目につきます。
 
そうではなくて、
それぞれが、それぞれにしかできない事をすべきだと思います。
産=自己責任で社会からお金を集める(経済活動)
学=真理の探究
官=正義と公益の使者(法律を作る。法律を修正する。)
植松電機の宇宙開発が、継続してできているのは、後者だからだと思います。
 
僕は、科学の発達は、とても大事な努力だと思います。
大事なのは、その発達した科学を、「使いこなす人達」かもしれません。
特に、経済活動に大きく関わる、企業のモラルや責任は、とても大事だと思います。
だから僕は、企業と政治があんまり仲良しになるのは、危険だと思います。
ある特定の企業のために政治を利用するのは、民主主義に反すると、僕は思っています。
 
僕は、科学者が、政治や企業に首根っこつかまれずに、安心して真理の探究ができるような国になったら、科学の発達は、もっと、人類のために役立つだろうと思っています。
そのための、新しい社会システムを考えていくことも大事だと思います。
 
まあ、たいていの経済活動での問題は「喰っていくためにはしょうがない」という言葉で始まっています。
だったら、喰えるようにしたったら、経済活動での問題は減るかもしれない、と、僕は思っています。
「生きていくために必要なコストの低減」は、もしかしたら、経済的な問題解決に、効果があるかもしれないと、思います。
 
繰り返しますが、
どんな問題も、単純化して、何かのせいにしたら、解決できなくなります。
要因を分析して、よりよくを目指すことがだいじだと思います。