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植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

怒鳴ってないで、言語は正しくつかいましょう

 

僕は、ドラゴンボールの敵の中では、フリーザが好きです。
なぜなら、基本的に言葉遣いが丁寧だからです。

僕は、「怒鳴る」がいやです。
なぜなら、沢山怒鳴られたからです。
怒鳴られるのは怖いです。
だから、「怒鳴る」について沢山考えました。

怒鳴る、は、物を投げる、机を叩く、ドアを思い切りしめる、
などと併用されることも多いです。
いずれも、大きな音や恐怖で、相手を意のままにしようという考えに基づいているように思えます。

口で言ってもわからないから、ゴツンだ!
ということを言う先生も、昔はたくさんいました。

僕は、子どもの頃、先生の言ってることが、つじつまが合っていなかったり、非論理的に聞こえるときには質問しました。
すると、「くちごたえするな!」と唇をひねりあげられたりしました。
「口で言ってもわからないなら」という先生のなかには、言語能力やボキャブラリーや論理的思考が不足している人がいたように感じます。

でも、子ども相手に怒鳴ってる先生は、自分の上司には怒鳴らないです。相手を選んで交渉方法を変えています。
これは、暴力を理解して使い分けています。自分の行為が良くないことだとわかった上で、意識的に行使していることの証明です。
これは、DVの判断の際に用いられる考え方です。

相手が、自分の思うとおりにならないから、相手の行動を強制的に変える、というのは、突き詰めたら、戦争です。
これは、交渉ではないです。暴力です。
それが、教育や指導の現場では、むしろ賞賛されている感じがするのは、とても恐ろしい事だと思います。

人間は、言語を持っています。せっかく積み重ねて良くしてきました。
その言語を用いずに、恐怖によって交渉をするのは、
人間的ではないと思います。

怒鳴れば、言うことを聞いてくれる人はいるでしょう。
でも、それは、仲間ではなく、奴隷です。
いつか、かたきをとられるでしょう。

まあ、フリーザも、最後の方は暴言を使うようになりました。
余裕がなくなったからでしょう。不安になったからでしょう。
心に余裕があった心は、言葉遣いが丁寧でした。
ということは、暴言や怒鳴る人は、心に余裕がないのかも。
ちっさい人なのかもしれません。

僕は、バルカン人を目指したいなあ、と思っています。
(わからない人は、スタートレックを見よ。)