植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

食えるか、食えないか、じゃなくてさ。

そんなことやって、食べていけるとおもってんの?
 
おそらく、これを言われたことがある人は、
とってもたくさんいると思います。
 
さて、ここで問題です。
いったい、いくらあったら食っていけるのでしょうか?
 
ぼくは、名古屋の会社を辞めて、北海道に帰ってから、
5年間、毎月10万円の給料で働きました。
独り身だったし、家賃安かったし、
贅沢はできなかったけど、意外と食えました。
 
10年くらい前かな、北海道の公務員の給料が、10%カットされたことがありました。
そのとき、新聞に、その処遇に不満を持つ公務員の方の投書が載りました。
「給料が10%カットされて、年収で150万円も下がってしまった。これでは食っていけない!」でした。
当然のように、翌日の投書は、それに対する批判でした。
 
ぼくは、食えるか、食えないか、は、単純に、収入と支出の差がプラスか、マイナスか、だけの話だと思っています。
 
一万円収入を増やすのと、一万円支出を減らすのは、同じです。
 
いや、本当は同じじゃないです。
収入を増やす努力をすると、所得税が増えます。
支出を減らす努力をすると、消費税が減ります。
てことは、支出を減らす努力の方が、効果的です。
 
多くの場合、自分より所得が低いことを「食っていけない」と判断する人が多いように感じます。
自分でさえ苦しいんだから、自分より所得が低かったら、もっと苦しいにちがいない、と判断するのでしょう。
でも、現在の自分の支出が、適切かどうかを考えるのも大事です。
自分の苦しみが、もしかしたら、価値のないものへの投資の結果かもしれません。
 
ぼくは、会社を経営していて気をつけていることがあります。
それは、利益率です。
売り上げの総額の大きさよりも、利益率を改善する努力の方が、効果があるとぼくは思っています。
利益率を改善するために、大抵の会社は、原価の低減と、人材の流動的活用をやってしまいます。
でも、自分の会社に材料を納めてくれる仲間をやっつけて、
自分の会社で働く仲間をやっつけたら、その年の決算書は良くなるけど、次の年の決算書はつらくなります。
なぜならこれは、「マーケット」を攻撃する行為だからです。
 
ぼくは、借金は、金利以上の価値を生み出せる自信があるなら、
した方がいいと思っています。
そして、幸い今は、金利がとても安いです。
そして、投資に対して、利率がいいものは、実は人間です。
人間の成長は、下手したら100%とかありえるのです。
ぼくは、最高の投資先は、自分も含めた、人間だと思います。
 
ぼくは、現在の日本の、家と自動車は、時間あたりの価値低下が大きすぎると考えています。
また、教育も、投資に対して、得られる成果が十分ではない人もたくさんいるなあ、と思っています。
 
だってね、高等教育を受けた人の所得が増えるなら、その人は、より多くの所得税を納めることになるはずです。国家に貢献しますね。
だから、多くの国では、高等教育を無償(もしくは、返済不要の奨学金)で受けられるようになってます。
高等教育にお金がかかるってのは、日本国から見て、高等教育は所得を増やすことに直結しておらず、もしかしたら、嗜好品扱いなんじゃないの?と感じます。
 
 
「そんなんで食っていけるの?」に負けないで、
利益率を高めるために、付加価値を増やす努力(ちえとくふう)と、
自分と仲間の能力を高める努力(学ぶ)が大事です。
あとは、時間あたりの価値低下の少ないものに投資すべきです。
 
ばあちゃんは、お金は知恵と経験になるように使ったら貯まり続けるよ、と教えてくれました。
ぼくは、ばあちゃんのおかげで、食えていけてる気がします。