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植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

「ちがう」を否定する社会では奇跡は起きない。

「ちがう」を「異常」「おかしい」「だめ」と考えてしまう人は少なくないです。
 
でも、この世には、まったく同じ人間は一人もいません。
だから、厳密に言えば、「同じ」のほうがあり得ないです。
みんな「ちがう」のが当たり前です。
 
だのに、「ちがう」を否定する人達がいます。
なぜだろう?
 
精神の発達の段階で、「同一」に安心を感じる世代があります。
それは、自我が芽生えてきたころです。
自我は、とても弱いです。なぜなら、自分が自分である、というのは、自分勝手な思い込みに過ぎないからです。
だから、自我が芽生えてきた人間は、
「自分は変じゃないんだ」「自分は必要とされているんだ」と思い込みたいです。
だから、同一に安心を感じます。
 
やがて、自我が育っていけば、自己というものが明確になってきて、同一に安心を求めなくてもよくなります。
ところが、自我が育つべき時期に、自信や思考力を奪われた人達は、
何歳になって、「ちがう」を否定しなければいけないままになる
可能性を盛っています。
または、「必要としろ!」「愛せ!」「求めよ!」「褒めろ!」「尊敬しろ!」を強要するようになります。
それは、ストーカーであったり、DVや、パワハラという形として現れることもあります。
 
または、求められないのはつらいから、最初から、求めてくれるな!
と、自己評価を下げることで、求められないショックを和らげようとしてしまう人もいます。
 
自信は、生きていくためにどうしても必要なものです。
でも、その自信は、お金で買えません。
人を見下しても手に入りません。
ところが、現在の教育現場では、自信は、人に勝つことや、他者による評価、すなわち、競争で得られてしまってる傾向があります。
何かの大会で賞をもらう。偏差値を上げる。難関校に合格する。
これらは、確かに自信になるかもしれませんが、
それらは、その評価が通用しない世界では、価値を失います。
ということは、それに依存していた自信も消えます。
 
自信は、他人と自分を比べて、自分が勝っているから、ということで得るべきものではないです。
 
なぜなら、幼子は、成績も、お金も、地位も関係なく、ちゃんと自信を持ってるからです。
 
大事なのは、そもそも持っている個としての自信を、奪わないことだと思います。
 
時々、講演によばれて、「子ども達に、夢と希望を、自信を与えてください。」と頼まれます。
すごく困ります。
なぜなら、本当は、こどもたちは、夢も希望も持っているのです。自信もあるのです。
大事なのは、夢も希望も自信も、奪わなければいいのです。
 
大人が、子ども達の夢や希望や自信を奪っておいて、
それを与えようとするなんて、おかしいです。
しかも、その与える自信の根拠が、「学歴」や「優勝」だったりするのは、「学歴」や「大会」で喰ってる人達の誘導としか、
僕には思えないです。
 
そして、「ちがう」を否定する社会では、奇跡は起きません。
なぜなら、世界一は、世界初がもたらすからです。
しかし、「ちがう」を否定する社会では、世界初は、認められないのです。「おかしいよ」「へんだよ」としか評価されないからです。
「ちがう」を否定する社会では、がんばっても「二番」にしかなれないです。
 
学校の成績や内申に関係の無いことは、無価値なこと。
という考え方が、子ども達の自信をすごくうばってると、僕は思っています。
なぜなら、僕自身がそうだったからです。
僕の大好きだったことは、すべて、学校に関係なかったので、
中学と高校では「くだらない」と評価されました。
でも、大学では、それこそが、授業の内容でした。
 
僕が、先生や、普通の大人の押しつけてくる価値観に負けないですんだのは、ひとえに、伝記のおかげです。
伝記の人たちは、やったことがある人達は、僕に、できる方法を教えてくれました。
だから僕は、そうじゃない大人の言う、できない理由に負けなかったのだと思います。
そして、奪わなくても、比べなくてもいい自信を得たのだと思います。
 
いまや、マーケットはグローバルです。
単純な作業は、ロボットのものです。
これからは、新しい価値を生み出す仕事が大事です。
そして、そもそも、資源が無い日本では、それしかない、と昔から言われてきたのです。
でも、気がついたら、日本は、自信のない人が増えすぎて、
新しい価値を生み出すことが困難な国になりました。
このままでは、まずいです。
 
もしも本当に、GDPを増やしたいと思うのなら、
国を成長させたいと思うのなら、
子ども達にあきらめ方を教えないことと、子ども達の夢や希望や自信を奪わないことが、もっとも重要だと、僕は思っています。
 
幸い、あと少しで、受験のセンター試験が無くなります。
マークシートのテストも減り、面接や論文が重要になります。
人間の思考力や自信や優しさが重視されます。
そのとき、人口増加時代の進路指導で、旧来の、成績や内申に関係のないことは無価値である式の教育を受けた人達は、すごく苦労すると思います。
 
いま、時代は、ものすごい遷移点にきています。
次の時代の準備が、とても大事です。
そして、次の時代は、もう始まっています。