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植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

仕事とは、人の役にたつこと。

僕は、子ども達に、
「仕事は、人の役にたつことだよ。どんなことでもいい。何個やってもかまわない。お金にならなくったっていい。」
と話します。
僕は、そう思っています。
 
でも、話を聞いている先生の中には、
「お金にならなくたっていい」のフレーズのところで、
「いやいや」と首を左右に振ってる人が、かなりいます。
このパターンの行動は、先生でしか確認できていません。
他の職業の方々では、この反応はみられません。
 
わからんでもないです。
くっていくことはとても大事です。
でも、では、食べていくためなら、人の役にたたないこと、人の為にならないことをしてもいいの?
そうは、ならないはずです。
 
でも、事実、それが出来てしまっている人も少なくないです。
でもそれは、「奪う」と近い行為です。
奪う側が増えたら、社会は滅びます。
 
また、
「お金ににならなくたっていい」を否定するということは、
「お金にならないことをしたら損をする」という考え方にもつながることがあります。
でも、この考え方のおかげで、研究開発ができなくなっています。
また、PTA活動をはじめとした、様々なボランタリーな仕事をする人が、どんどん減っているように感じます。
 
そして、食えるか、食えないか、の基準は、とても微妙です。
最近、貧困についてもめてるようですが、
貧困は、他人が判断すべき事ではないです。
本人が、お金が無いことによって行動に制限を受けている、と思うかどうかだと思います。
(僕は、お金が制限になっていると思った場合には、その制限から遠ざかる努力をします。たとえば、お金が無いから、学校に行けないから、未来をあきらめる。なんてことなないですね。お金を払って、してもらえる事の内容を調べて、可能な限り自分で出来るように努力をします。お金が無くても、自分で学ぶことは可能です。その方が安くて短時間で済むことが多いです。)
 
 
僕は、くっていく、よりも、人の役にたつ、のほうが、
上位条件であるような気がします。
それは、きれい事と言われるかもしれませんが、
でも、もしも、全員が、きれい事をやめて、
くっていくためにはしょうがない、と思ったら、
世の中は大変なことになるような気がします。
 
「そんなことはきれい事だよ!」と言える人が存在できるのは、
「きれい事」に向かって努力する人達の方が多いからだと思った方がいいと思います。
 
で、ちなみに、カーネギーさんも言っていますが、
「人の役にたつことには、やがて対価がついてくる」です。
人の役にたつことは、最初食えなくても、
本当に人の役にたっていれば、食えるようになるものです。
僕の経験では、それは事実です。