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植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

「高い目標をもって努力させると、生徒も達成感がある」のはわかるけどさ。

プールの水泳の授業で、飛び込みの練習中に首の骨を折ってしまう事故は後をたちません。
 
現在では、学校の浅いプールで飛び込みをすることは危険な行為とされています。
 
今回の事故では、先生が、棒を高さ1mのところにバーのようにつきだし、そのバーを飛び越えて飛び込めと指導した結果、事故になったそうです。
先生曰く、「高い目標をもって努力させると、生徒も達成感がある」ということだそうですが、浅いプールで、高く飛び上がって飛び込むのは、とても危険な行為です。
 
で、僕は、このプールの事故に関して、曖昧な情報を元に、どうこう言うつもりはありません。
でも、僕は、この台詞を何度も聞いています。
「高い目標をもって努力させると、生徒も達成感がある」
 
そして、その結果、大変なことになってる生徒がいることも知っています。
事故や怪我は公になりますが、
心を損傷した場合には、それは、公にもならないです。
苦しむのは、生徒と家族だけです。
 
努力とは、強制してさせるものではないです。
努力とは、がんばった結果、してしまうものです。
大事なのは、がんばりたい気持ちを増やす努力です。
でも現実には、
「まだまだいける!」「がんばれ!」「なんでこんなこともできないんだ!」「お前の力はそんなもんじゃない!」と、
あおるばかりの大人は少なくないです。
熱血と称して、暴言を吐き、人格を罵倒する人もいます。
 
そういうので、がんばれるひともいます。
でも、そういうのが、とても苦しい人もいます。
 
じゃあ、そういうのが、苦しい人は、弱い人ですか?
忍耐力がない人ですか?だめですか?
 
僕は、父がとても暴力的で、威圧する言葉を使う人だったので、それに似たことをされるのが、ものすごく怖くてつらいです。
そばで誰かが頭をかくために手を挙げただけで、びくっとなるほどです。
自分にではなく、誰かがそれをされているだけで、心が耐えられなくなります。
そういう僕は、根性がないダメな人間ですか?
 
確かに世の中には、無茶な人はいます。
でも、そういう人とは、関わらない、という生き方が出来ます。
でも学校では、関わらなくちゃいけないじゃないですか。選べないじゃないですか。
それは、つらすぎます。
 
水を飲まさせないでマラソンをさせるとか、
ウサギ跳びとか、
給食を全部食べるまで帰さない。戻してしまったら、戻したものまで食べさせるとか、(よくやられました)
現在なら、危険だからやらなくなった指導があります。
そして、今やってる指導の中にも、将来、「よくあんな危険なことやってたよね。」というものも必ずあります。
 
「高い目標をもって努力させると、生徒も達成感がある」
これをやるためには、いろんな方法があるはずです。
どんな方法でも、結果的に効果があればいいじゃないですか。
 
ピラミッドを高くすることが教育的効果があるのであれば、
人数が少ない学校は、教育的に劣るというのですか?
人数が少なくて、部活をしようにもできない場合は、
教育的に劣っているのですか?
 
「高い目標をもって努力させると、生徒も達成感がある」 これをやるためには、いろんな方法があるはずです。 しかし、知見が狭いと、方法が限られます。
だからこそ、先生は、知見を広げる努力が不可欠です。
でもね、最近は引き受けていないんですけど、
学校の先生向けの勉強会での講演ほど脱力するものはないです。
就寝率が尋常じゃないです。(30%位寝てる時もありました)
この人達、普段生徒になんて言ってんだろ、と思います。
(だから、引き受けなくなったんです。)
 
新しい指導方法や、教育現場での事故の事例などを学ぶこともなく、いままでの勘と経験(ものすごく狭い経験)だけで
仕事をしている先生は少なくないです。
でも実は、そういう経営者もたくさんいます。
どちらも、関わる人を不幸にする可能性が高いです。
でも、こういう人に、「学んだ方がいい」と言ったって、
聞いてくれないです。
 
大事なのは、おかしなことは、おかしいよ、と言ってもいいということです。
言っても聞いてもらえないなら、離れてもいいです。逃げてもいいです。
 
とにかく、命と心を守って欲しいです。