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植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

つらいを感じるのは弱さじゃない。つらいを無視できるのは強さじゃない。

とてもつらいことや、苦しいことや、気に悩むことががあったとき、勇気を出して、誰かに相談してみたら、
「そんなの気にするな。世の中そういうもんだよ。自分もそういう目にあったけど大丈夫だった。」と言われることがあります。
 
絶望しますね。
「え〜、気にしてる自分が弱いの?ダメなの?普通じゃないの?」
って思ってしまうかもしれません。
「相談するんじゃなかった・・・」
と、うっかり相談してしまった自分を責めるかもしれません。
 
でもね、
そもそも、「気にしてること」を相談してるのに、「気にするな」という回答の方がどうかしています。
おまけに、「世の中そういうもんだ」は、情報量として1ミリも増えません。
「自分もそういう目にあったけど大丈夫だった。」に至っては、「なにそれ自慢?」です。
 
似たパターンとしては、
自分が仕事でうまくできない事があって、その悩みを相談したときに、「なんでそんなこともできないの?そんなの簡単だよ。悩む必要なんてないよ。」というのも、的外れです。
 
僕は、熱さとか、寒さに、かなり耐性があります。
真冬だろうが、真夏だろうが、関係無しに、山奥の現場で、一人で重機を修理する仕事をしていたからです。
だから僕は、かなり気を付けている事があります。
それは、僕が耐えれていても、ほかの人は耐えられないことがある事を知ってるからです。
特に子ども達は、僕よりも小さくて地面に近いから、地面からの熱の影響を強く受けます。だから、夏のロケット教室の時は、僕は時々地面を触って温度を確認します。子どもの顔色にも気を付けます。子どもは興奮すると、体温が上がっても気がつかないことが多いからです。
冬は、子ども達は、僕よりも体表面積あたりの体重が小さいから、すぐに冷えてしまいます。だからやっぱり、立ってる姿や、顔色に気を付けます。
では、僕よりも暑さや寒さの影響を受けやすい子ども達は、「根性がない」でしょうか?「甘えてる」でしょうか?
 
僕は、めったに風邪を引かないです。うそです。ひきます。
でも、なぜかそのタイミングが、休日だ、というだけです。
それは、たまたまだと思います。
僕も、平日に具合が悪くなることも、たまにあります。
そして、風邪を引いているときは、自分の思考力や判断力が、通常の半分以下に落ちていることを知っています。
そういうときは、車をまっすぐ駐車できなかったり、忘れ物をしたり、時には、車をぶつけてしまうこともあります。
だから僕は、会社の仲間には、「風邪をひいたら、無理をしないで、なおすことに専念するように。」と話しています。
風邪を引いた、という人には、わざと「うつさないでよ」と離れるそぶりをします。そうすることで、風邪は自分の「根性」の問題ではなく、ほかの人にもうつす可能性がある「病気」だという事を認識して欲しいからです。
さすがに、最近では、「インフルエンザ」だと「出社するな」という風潮が一般的になってきましたが、まだまだ「風邪ぐらいがなんだ!」「風邪をひくのはたるんでいるからだ!」という感覚の人もいます。
そういう人は、まったく風邪を引かない希有な人なのか、自分が風邪を引いたときのことを、きれいさっぱり忘れるタイプなのだろうと思います。
 
自分がおいしいとおもったものを、ほかの人もおいしいと思うかは、わからないです。
自分が素敵とおもったものを、ほかのひともそう思うかは、わからないです。
ときどき、自分と違う考えの人を否定し、「間違っている」「おかしい」と指摘してくれる人達がいます。
そう思うのは、全く自由です。
でもそれを、その相手に面と向かって言う必要はないです。
 
(僕はときどき、現在の教育の問題点について書きます。でも常に、問題を起こす人を憎んだりバカにしたり復讐したりするのではなく、そういう問題がなぜ起きるのかを考えて、問題そのものが減る可能性について考えるようにしています。それをネットに載せているのは、そういう目にあっている人の力になれるかもと思うからです。僕が教育について書くときは、たいていは、教育に関わる人達や、子ども達から届くメッセージや相談が元になっています。
ときどき、先生からの相談を元に書いた記事を、「先生」から「あなたの考えは間違っている」「現場を知らなすぎる」と怒られる事があります。こういう先生は、同じ職場でも、自分と考えの違う先生を否定し、正そうとしてくれるのだろうなと思います。でも、「ちがう」を「おかしい」「まちがっている」と否定するだけでは、問題は解決しないです。)
 
人間いろいろ。
人それぞれ、みんなちがいます。
社会には、赤ちゃんからお年寄りまで、能力に差のある人がいます。
その人達はすべて大切な人達です。
だのに、「自分とちがう」を理解せず、否定する人達の気が知れません。
 
最近、芸能人の人が、仕事のつらさから、急に仕事をやめたことについて、先輩芸能人がどちらかというと「やめた人がわるい」ような物言いをしています。
でも、その人達は、別な人が仕事のつらさで自殺をしたときには、とても同情的な発言をしていたことを知っています。
最近、過重労働について、テレビの情報番組で頻繁に取り上げていますが、その番組を作ってる人達自体が、すでに過重労働なことを僕は知っています。どんな気持ちでこの番組作ってんのかなと思います。
なんとも、信頼できない人達です。
 
つらいと感じる自分を弱いと思わないでください。
つらいを無視できることを強さだと思わないでください。
 
たとえば、「つらい」「くるしい」は、病気の時の「発熱」とか「頭痛」のような、表面的に現れる現象のようなものです。
その「原因」は様々です。そして、その原因をしらべないと、適切な手当ができないですよね。
心も同じです。
 
「つらい」「くるしい」に対する。「気にするな」「無視しなさい」「放っておけ」「関わるな」というアドバイスは、情報が1ミリもないですから、アドバイスになっていないです。
だから、こういうアドバイスは、無視していいです。
 
だいじなのは、つらいと思う気持ちを改善するための方法を考えることです。
だから、「なぜつらいのか」を考えるのがとても大事です。