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植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

「こいつらは能力が無い」と決めつけないで。

学校に講演に行くと、時々言われる言葉があります。
それは
「この子達は、集中力が無いので、90分のお話しは耐えられません。途中で休憩を入れてくれませんか?」「途中で失礼な態度になってしまうかもしれません。」
です。

とても悲しい気持ちになります。

で、実際はどうかというと、生徒は全然大丈夫です。90分話を聞けて、最後にはながいながい拍手をしてくれます。
むしろ、こういう学校に限って、先生が問題です。
腕組んで寝てる先生がいます。iPadなどを操作してる先生もいます。書類書いてる先生もいます。
先生の方が集中できてないやん!

学生の頃、先生に言われました。
「高いところから見てると、寝てる奴丸見えなんだぞ。」
いや、まったくその通り。丸見えです。
そして、生徒もそれを見ています。

こういう先生は、生徒を「能力が無い」と思っています。
さて、その「能力」のあるなしの基準は?

先生の指示通りにできない、というのは、「能力が無い」の基準になります。
でも、そもそも、その指示がわかりにくかったり、矛盾していたり、ということもあります。
それでも、先生の思うとおりの行動ができないと「能力が無い」になります。
また、「このくらいできてあたりまえだろ。」ができないと「能力が無い」になります。
その「あたりまえ」の基準は、先生によってばらばらです。

いままで見てきた限りでは、
指示が曖昧でわかりにくい先生ほど、生徒が思うように動かないから、怒鳴ります。
自分の指示を、なんでわかんないんだ!こんな事もできないお前達はダメ人間だ!と怒ります。
でも、自分の指示が「わかりにくい」とは思わないようです。
なんでかな?

人生は思うようになりません。
こうかな、と思ってやってみたら、そうならないことがあります。
そのとき、僕なら、「なるほど、これじゃダメか。じゃあ、ちがう方法でやってみよう。」と思います。
でも、時々、「なんでうまくいかないんだ!ちゃんとやってるのに!」と、怒り出す人がいます。
そういう人は、そこでストップです。
おもしろくないから、もうやらない。どうせうまくいかないから、もうやらない。になります。
それを、ほかの人にも伝えます。

問題は必ず生じます。
その問題を、「なにかのせい」に単純化する人は、思考が浅いと思います。
そういう人は、問題を解決できないです。
そういう人が先生になると、生徒はかわいそうです。
もちろんそれは、学校だけの問題ではないです。企業でも、家庭でも生じます。

なぜなら、複雑な問題を解決する練習を、学校でしていないからです。
答えが明確な問題しか解かないからです。
だから、思考が浅い人が増えます。
今日も増え続けています。そして、そういう人達は、問題を解決できません。
これは、見事な悪循環です。

いやいや、そういうのは、家庭でやるべきだ。学校の責任ではない!というのは、
よく聞こえてくる言葉ですが、
そもそも、なぜ義務教育を行うようになったのかを、考えてみたらいいです。

学校の教育は、国家の力です。
国を変える力があります。
社会にでた大人を教育する手段はありません。
だからこそ、学校の教育は、とても重たい意味を持っています。
それを、自覚していない先生がいるのは、残念なことです。
すくなくと、自分基準で、子どもを「こいつらは能力が無い」と決めつけるのをやめてほしいです。もしもそう思っているのなら、ひょっとしたら、自分のやり方に問題があるのかもしれませんよ。