植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

「してもらおう?」なのか「する」のか

「僕の夢は、宇宙に行くことです!
だから、僕を宇宙に連れて行ってください!」

というお手紙を、20代、30代の方からいただくことが、
けっこうあります。

夢があるのは素晴らしい事です。
でも、その夢の叶え方が「してください」というのは
どうかなあ・・・と悩んでしまいます。
(これが、小学生低学年からのお手紙なら、ほんわかしますが、パワーにあふれる世代がこういうお手紙をくれると、とっても残念な気持ちになります。)

「私の夢は、幸せになることです。
だから、私を幸せにしてください!」

というのも、同じようなケースのような気がします。


僕の経験からは、
「してもらおう」と思うと、してもらえないか、
されます。嫌なことも。
そして、自由を失います。首根っこを捕まれて、
なにかをさせられるようになります。
そして、「してもらう」と、能力を失います。出来なくなります。

でも、
「する」と、出来るようになります。能力が増えます。


子ども達が、植松電機に来てくれます。
そして、いろんなものを見て感動してくれます。
中には「ちょーだい!」という子がいます。
でも、中には「どうやって作るの?」と聞いてくれる子もいます。
僕は、後者が好きですね。
前者には、「作り方をおぼえたら、自分で作れるんだよ。」と言います。
すると、「無理!」という答えが返ってきます。
なるほど、「自分には無理」と思うと、
「してもらおう」になってしまうのかな?と思いました。
自己肯定感の低さは依存体質までも作り出してしまうのかもしれません。

以前、ある講演に呼ばれました。
スケジュールも厳しくて、そして、なんとなく趣旨がちがう感じがして、断りました。
そうしたら、ものすごく執拗に頼み込まれます。
世話になった人からも援護射撃も来ます。
最後は、根負けして引き受けました。そのかわり、その後のスケジュールで、相当な無理をしなければいけなくなりました。
当日、その方が、主催者挨拶で「僕は最初断られたけど、植松さんの言葉の通りに、あきらめないでがんばりました!そうしたら、夢が叶いました!」と言われました。
うーむ。なにかがかなりちがうなあ、と思いました。
僕が言いたい「あきらめない」ってのは、他人に無理強いする事ではなく、自分でやる、ということなんだけどなあ、と思いました。
だから、以後は、どんなに頼まれても、根負けしないようにしています。


「他人にしてもらう」は、エスカレートしたら、「他人にさせる」になります。
頼み事は、エスカレートしたら、脅迫や支配になりかねません。
気がついたら、してもらうのは当たり前、になったりすることもあります。

だから、夢について、僕らは考えるべきです。
自分の夢は「してもらおう」なのか?「する」なのか?
そして「してもらおう」の背景には、「自分には無理」が隠れているかもしれません。