選ぶんじゃなくて、両方できるよう考えよう。
僕はよく、
「できるか、できないか、で選ぶんじゃなくて、
やりたいか、すべきかを、考えるんだよ。」
と話します。
高校生、大学生くらいまでは、うなずいてくれます。
しかし、なぜかおとなになればなるほど、
「やりたいか」と「すべきか」は相対比較できない。選べない。
だから、この表現はおかしい!
ってね。
いやだからさ、選ぶなっちゅうの。
なにかとなにかがあったとき、
それが、人生にとって重要であればあるほど、
選ぶよりも、両方やる可能性を考えた方がいいです。
だって、選ぶってことは、どちらかをあきらめる、ということになるからです。
あきらめる練習はしないほうがいいです。
べたなケースですが、
例えば、仕事が忙しくて恋人となかなかあえない時に、
「仕事と恋人と、どっちがだいじなの!?」
とつめよられたら、
「どっちも大事。」と答えるしかないです。
当然納得してもらえませんので、
「どうしても選べというのならば、君が僕を養ってくれるのならば、君を選びましょう。」と答えるとします。
まあ、間違いなくケンカになりますから、
こんな答えかたはしない方がいいです。
そもそもこの場合、どちらかを選べ、という要求自体が非論理的なのですが、それを指摘すると、状態はさらに悪化します。
精神的に疲れている人と話しをする時は、
おうむ返しが良いそうですが、
「仕事と恋人と、どっちがだいじなの!?」
「そうだねえ、どっちが大事なんだろうねえ・・」なんて答えたら、パンチを食らうかもしれません。
というか、いまになって、この場合、どうやって答えるべきかわかからない、ということがわかりました。
なんの参考にもならないですね。
ま、この話しは忘れましょう。
もちろん、万事、「両方とも!」とはいかないですが、
できるかぎり、片方あきらめて選ぶよりは、可能にする方法を考えた方が建設的です。
Don't select. think!(ブルースリー風に)
なんてね。
考えることが大事です。