植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

ニーガンにならないように気を付けよう。

僕は、沢山飛行機に乗ります。
毎年、100回以上乗ります。
そのため、航空会社の特別なラウンジを使うことができる待遇をされています。
 
それ自体はありがたいことです。
JALのラウンジのトマトジュースが好きです。
 
しかし、ラウンジでいつも感じることがあります。
 
特別なラウンジを使う方々は、たいていの場合は、
社会的な立場が、それなりに立派な方達が多いと思います。
身なりでそう感じます。
 
しかし、そういうジェントルマンが、
なぜ、混雑しているラウンジで、平然と自分の隣の席に荷物を置いているのか?
なぜ、他人のことを、思いやれないのか?
 
こういう人達が、大勢に影響のある仕事をいてるのだとしたら、日本の未来は明るくないなあ、と思います。
 
自分がよければいい。他人のことは気にしない。
という思考は、「喰っていくためにはしょうがない」に直結すると、僕は思っています。
それは、他人を犠牲にしてでも、自分の食い扶持を確保する思考です。それは、すなわち、「奪う」と直結します。
みんなが奪うと、奪い合いになります。
そこでは、生産という行為の価値がどんどん下がります。
でも、奪う事ができるのは、生産する人がいるからです。
奪う方の割合が増えたら、社会は破綻します。
 
たかが座席に荷物を置くくらいで・・・
と思う人もいるかも知れませんが、
僕は、混雑してるのに、平然と空き座席を荷物で占領する人達を見て、ウォーキングデッドの「ニーガン」さんを思い浮かべます。
 
だからせめて、自分はそうならないように気を付けます。

本当の強さ

つらいことを我慢するのが強さだ!
 
ということを、習った人は沢山いるでしょう。
 
最近の若い子は、つらい経験をしていないから、こらえ性が無い。根性無しだ。と言い切る大人も沢山います。
 
さて。
僕が、炎天下でも、いつもと同じツナギを着て、ネクタイ締めて、汗だくでロケット打ち上げまくってるのを見たことがある人もいるでしょう。
 
僕が、酷寒の中でも、いつもと同じツナギを着て、ネクタイ締めて、でロケット打ち上げまくってるのを見たことがある人もいるでしょう。
 
僕が、20キロの荷物を背負って、数キロの道のりを歩いてくるのを見た人もいるでしょう。
 
さて、僕には根性があるのでしょうか?
 
答えは、僕は暑さや寒さに鈍いです。そして、僕は、暑さや寒さを経験しているので、適切な対処ができてるだけです。
それは、僕の根性では無く、「経験値に基づく知恵と工夫」です。
また、僕が重い荷物を背負って歩くのは、知らない街を見て歩きたいからです。僕の興味と好奇心です。
 
根性でなんとかなる問題は少ないです。
精神論では勝てないことは、先の大戦が証明しています。
おまけに、こっちには根性がある、相手には根性が無い、なんてのは、あまりにも楽観的希望に満ちあふれた憶測に過ぎません。
戦いというものは、最悪自体を想定して準備すべきですから、相手も同じ根性を持ってると考えるべきでしょう。
だとしたら、差になるのはなにか?
それは、「知恵と工夫」です。
 
つらいのを我慢するのが強さだ!と習った人達は、
つらいことを無視しようとします。
その結果、自分のストレスに気がつかない人になります。
だから、そのストレスをケアしません。
そのため、ストレスはどんどん増えて、心を病みます。
または、周囲に当たり散らしたり、弱いものに向けて発散されます。そうなってる先輩や上司は少なくないです。
 
我慢とは、あきらめたり、やめたり、無視したり、ではないです。
本当の我慢とは、問題を解決する努力です。
 
だから、本当の強さとは、つらい問題を解決することです。
どうやったらつらくなくなるのか、考えることです。
(そのときに、あきらめたり、やめたり、無視したり、をえらばないように。)
 
寒さに耐えられない若い子に、「根性が無い!」と怒鳴っても、何の解決にもならないです。
「僕は、こういう下着を使ってるよ。こういう靴の中敷きを使ってるよ。」という情報を提供した方が有益です。
 
どうか、根拠の乏しい根性論や精神論を振りかざさないでほしいです。
そんなもんで解決する問題は、たかが知れてます。
本当に根性があるなら、もっと大きな問題に立ち向かって欲しいものです。
世界平和とかね。
 
 
 
 

夢を進路や職業に「限定」してはいけない。

すくなからずの人達が、
高校卒業の段階や、大学卒業の段階で、
夢がかなっていないとまずい、と思い込まされています。
 
でも、本当は、社会人になった段階で、夢がかなっていないといけない、なんてきまりはありません。
 
こうなる原因は、多くの大人が、
進路で悩む子ども達に対して、
夢を進路や職業に限定して考えさるからだと思います。
 
子ども達は、就職情報誌や、進学の情報誌の中から、
自分の成績や偏差値で入れる範囲で、夢を探します。
でも、夢ってそういうもんじゃないです。
 
頑張って入社した会社が、思っていたのとちがうことはよくあることです。
酷いパワハラやいじめに出会ってしまうこともあります。
そんなときに。「これは自分の夢だったのだから・・・」と
無理に頑張ると、心が負けてしまうことがあります。
 
人生は思ったより長いです。
一度働いた会社で経験を積んで、視野が広がって、
ちがう夢が生まれる人もいます。
 
僕のように、航空宇宙関係の会社で働いたと、
会社を辞めて、実家で家事手伝いからスタートして、
やっとこ継いだ仕事は目の前でなくなって、
しょうがないからリサイクルのマグネットつくって、
そして、10年たって、ロケットに出会った。
なんてこともあり得ます。
 
夢は、進路や職業に「限定」して考えない方がいいです。
もちろん、進路や職業のことを考えたり調べたりするのは、
とても大事なことです。
でもそれは、夢の一部なのだと思った方がいいです。
 
進路のことを考えるなら、
(1)好きなことはがんばれる。おぼえちゃう。
(2)仕事は人の役にたつこと。
を忘れないでいてほしいです。
 
資格があると就職に有利だからと、好きでも無い資格を取っても、結局は長くは続かないです。
給料がいい会社が、いい会社とは限らないです。
 
進路のことを考えるときに、
一番大事なのは、やったことがある人の話を聞く、なので、
ぜひ、そのチャンスをつくってほしいと思います。
そのためになら、部活を休んででも、学校を休んででも、時間を作った方がいいと思います。
なんせ、自分の人生のことだからね。
 
 
 

失敗を避けたら大変なことになる。

愛する我が子を悲しませないために、失敗を未然に防ぐ保護者が多いです。
 
失敗させないのは、簡単です。
 
(1)何もさせない
=何もできなくなります。
 
(2)過去に成功したことだけさせる
=成長できなくなります。
 
(3)誰かの指示通りにさせる
=思考力を失います。
 
失敗を禁ずると、
何もできなくなり、成長できなくなり、考えられなくなる。
 
そういう人達は、
なにをしていのかわかりません。
 
こうなっちゃってる大人、沢山います。
会社の経営者でも、そういう人沢山います。
そういう大人は、そういう子どもや後輩を量産します。
 
どんなことも、最初からできる人間はいません。
赤ちゃんは、歩けないところからスタートします。
つかまり立ちをはじめた赤ちゃんに、
「転んだらどうするの!危ないからやめなさい!」
と言う親は、あんまりいないと思います。
それがなぜ、子どもの進路相談や、夢の話になったら、
「失敗したらどうするの!」になるのかな。
それは、そういう進路指導を受けてきたからです。
それは、どこまでも、連鎖します。
 
でも、連鎖を断ち切るのは簡単です。
自分が、断ち切ればいいのです。
 
「失敗したらどうするの!」と質問するのではなく、
「どんな失敗が予測できるかな?それを防ぐにはどうしたらいいかな?もしも失敗したときには、どういう対策をすればいいかな?」を考えて、準備すればいいのです。
 
いま、景気の不透明感を感じてる人は少なくないはず。
日本を牽引してきた自動車産業も急激に変化してるし、
大手銀行も大量リストラを発表したり・・・
漠然とした不安を感じつつも、でもどうしていいかわからない、という経営者は沢山います。
でもそこで、うろたえていても、状態はよくならないです。
予測して、準備する。ただこれだけで、
漠然とした不安は消えていきます。
 
どうか、お願いだから、失敗を禁止しないでください。
失敗を責めたり、罰を与えたりしないでください。
それをやってると、社会は衰退します。
 
失敗を予測して、準備する。が大事です。
 

大人の時間。子どもの時間。

今年も、あっという間に終わります。
年をとるほど、時間が過ぎるのは早く感じます。
 
以前、永田先生とお酒を飲んでいるときに、この話題になりました。
永田先生は、すぐさま関数電卓を出して、一年の長さを年齢で割ったものを、平均寿命で積分しました。
そして、その中間地点が、13歳だ。昔の元服の年齢だ。
と言いました。
2人して、おお!すごい!と感動しました。
で、僕は、なんぼなんでも、年齢分の1は短すぎやしないだろうか、ルート年齢分の1にしてみたら?と提案。
永田先生は、またしても素早く計算。
その折り返し地点は、20歳でした。成人の年齢じゃん。
またしても2人で、おお!すごい!と感動です。
 
いずれにせよ、年長者の1年は、若い人の1年より遥かに短い感じがすることには、多くの人が異論を感じないと思います。
 
ということは、子ども達が苦しい目にあったとしたら、
その時間は、大人の数倍長い可能性がある、ということです。
 
「もうすぐ卒業なんだから、がまんしなさい!」
大人にとっては、たかが数ヶ月のことが、
子どもにとっては、数倍長いとしたら・・・
 
1年間いじめられるのが、実は、大人にとっては、倍以上も長い時間なのだとしたら・・・
 
忙しさにかまけて、うっかりすごした一ヶ月は、子どもにとっては、3ヶ月かもしれません。
 
そう考えたら、いじめの対策は、もっともっと迅速化しないといけないのではないかなと思います。
 
子どもの視線で・・・なんていう言葉もありますが、
僕は、時間も、子どもの立場で考えた方がいいと思っています。
 
時々、懇親会の会場に子どもたちが来ることがあります。
僕は、大人そっちのけで子どもと関わります。
それについて、後から文句を言われたことがあります。
でも僕はあらためないです。
大人を待たせる1分と、子どもを待たせる1分は、ちがうと思っているからです。
 

泣くだけで、不愉快を示すだけで、解決する問題はない。

僕は、伝記の人が好きです。
伝記の人は、「僕はこうやって問題を乗り越えたよ。」を教えてくれました。
だから僕は、彼らのまねをしてみました。
もちろん、昔と今はちがうから、100%のまねをしても通じません。だから、自分なりにアレンジしました。
そうしたら、いろんな問題が解決していきました。
 
でもね、ときどき、せっかく「僕はこうやって問題を乗り越えたよ」を教えてくれた人がいても、
「それは、特別なあんただからできたんだ。問題を乗り越えられた、余裕のある、恵まれた人間が言うきれいごとだ。問題を乗り越えられない人間の気持ちがわかっていない。」と言う人がいます。
 
不思議でしょうがないです。
問題の乗り越え方を教えてもらってるのに、
まねをしようとも、参考にしようともせず、
なんの変化の努力もしないで、
問題を乗り越えられない自分の不幸を主張する。
これでは、永久に状態は改善されないです。
 
どんな問題も、たなぼたで解決することはないです。
どんな問題も、解決しようと思わないと、解決しないです。
誰かが解決してくれる問題は、次もまた、自分の力では解決できないです。
泣くだけで、不愉快を示すだけで、問題を解決してもらえるのは、赤ちゃんです。
 
問題を解決するのに、一番簡単なのは、同じような問題を乗り越えた人のまねをすることです。
いろんな人が、いろんな方法で乗り越えています。
いろいろ試してみるのが一番です。
 

優越感と劣等感は、セットです。

僕は、優越感は、劣等感とセットだと思っています。
 
優越感を持つと、もれなく劣等感もついてきます。
 
だから、劣等感から逃れたければ、優越感を捨てるのが大事だと思います。
 
僕は、くらべる自信は、優越感だと思っています。
それは、追いかけるほど、逆に自信を失います。
僕は、くらべる自信の基準として、「数値」に注目しています。
順位とか、金額とか、大きさとか・・・
たいていの「くらべる自信」は、「数値」とくっついてる感じがします。
 
だから僕は、「数値」がくっついてる自信は、本当に自信じゃ無いんだろう、とおもって、捨てるようにしています。
 
それが、僕を僕らしく保っているのだろう、と思います。