読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

6月10日11日のツクリテフェスタで、僕もロケットワークショップやります。

来る、6月10日、11日は、赤平市の植松電機敷地で「ツクリテフェスタ」です。
様々なクリエィターの方々が、様々な作品を持ち寄る、展示即売会です。
 
当日は、赤平市のものづくりを知ってもらうための、赤平ゾーンもあります。
僕も、少し役にたてるかなと、10日、11日、モデルロケットワークショップを開きます。
この2日間、僕は会場にいます。
(前日まで鳥取。フェスタが終わり次第福岡に移動です。)
 
宇宙空間でも使用できる本物のロケットを作成し、打ち上げて、持って帰れます。
ちなみに、このロケットは、広い場所さえあれば、自分でも打上可能です。
 
ワークショップは、
(1)10日の13時〜
(2)11日の10時〜
(3)11日の13時〜
 
の3回です。
毎回、定員は20人です。
所要時間は、約2時間です。
費用は、モデルロケットのキット代として、2500円です。
使用するキットは、セロテープだけで組み立てられるので、
対象年齢は、就学前の場合は、保護者も一緒に作ってくだされば大丈夫です。
年齢の上限はありません。大人もありです。
 
もしも、よほど時間のある人は、大型のペーパークラフトロケットに挑戦していただいてもいいです。(おそらく、普通にいどむと、2時間くらい製作にかかるかも。)
こちらは、製作に時間がかかるので、ラストオーダーは、11日の10時です。
このキットも、2500円です。何人かで手分けして作るのもありかも。
サポートする僕も大変なので、1日限定3機です。
(ただし、全長1mほどになるので、マイカー以外の場合は、持ち帰るのが大変かも)
 
ツクリテフェスタには、いろんな飲食店さんもお店を出します。
植松電機の工場見学ツアーもあるはず。(無重力実験装置や、いろんな加工機械の見学だったはず。詳細はまだ確定では無いです。)
近くの大学生がサポートしてくれて、託児施設もあります。
だだっぴろい植松電機の敷地で、のんびりできるかもしれません。

沢山の人が来てくれたらうれしいです。
好天を祈りましょう。
会場でまってますよ。
 
写真は、1日限定3機の大型ロケットです。
これも盛大に飛びますよ。
挑戦者を求む!
(製作後は、型紙データーもあげます。)
 

f:id:Tsutomu-uematsu:20170523180934j:plain

自分の現状の不満をあきらめず、改善の努力をした方がいいよ。

僕は、いろんな人に出会います。
いろんな学生さんにも出会います。
 
そこでわりと頻繁に感じる悲しさがあります。
それは「自分なんて・・・」です。
 
偏差値55の学校の子達が、「自分なんて、こんな成績だから、未来は無いです・・・」とつぶやきます。
えー。僕の高校、たしか、偏差値40程度だったと思うけど・・・。
僕の学校にいたら、君は優等生だよ・・・。
だのに、なんで、君は自分以上と自分を比べて落ち込むの?
自分以上と自分を比べたって、勝てっこないじゃん。
 
僕は大学生の時、自己紹介で「僕は飛行機やロケットの仕事がしたくてこの学校に来ました!」
といって見ました。
そうしたら、「こんな偏差値の低い学校に来た段階で、飛行機やロケットなんでできるわけ無いじゃん。」と教えてくれた子がいました。
彼は、もっといい学校を受験して、落ちて、しょうがなくこの学校に来てしまった・・・とぼやいていました。
でも、結果的に僕は、その学校から、飛行機やロケットの仕事に就きました。
 
なぜ、20歳にもなる前に、「自分なんて・・・」と、人生をあきらめてしまう子がいるのか?
その原因は、まわりの大人のコンプレックスだと思います。
 
この成績では無理だ。
お前の頭でできるわけが無い。
こんな学校に行ったら、未来なんて無いよ。
お前は、この学校にしか行けない。
お前には、進学は無理だ。
 
学歴や成績で、人生が決定される、と思い込んでいる人達が沢山います。
その人達に共通しているのは、自分の学歴や成績と、現在の自分の状況へのコンプレックスです。
自分は学歴が低かったから、成績が悪かったから、いまこんな苦労をしているんだ。
だから、お前には、そういう思いをしてほしくないんだ。
という思い込みで、子どもに高学歴を押しつける人がいます。
でも、自分は高学歴を経験していないから、実際に高学歴だと幸せかどうかは知りません。
あくまでも、「憶測」です。
自分の学歴や、現在の状況へのコンプレックスが、別の形で作用する人もいます。
こんな程度の成績なら、夢とか希望なんて、叶うわけが無いよ。人生は甘くないよ。
あんたは俺の子なんだから、勉強したって、しょせんムダだって。
と、「自分の経験」を教えてくれる人もいます。
 
こういう人達は、現在の自分が置かれている不遇な状態の原因が、成績や学歴のせいだと思い込んでいます。
そして、成績や学歴は、さかのぼって改善できないと思っています。
だから、過去を変えられないから、自分の現状も変わらないと思っています。
だから、できることは、愚痴ることです。だけど、状態は改善されません。

現在の自分の状態が不遇であるなら、その原因を考え、できることをすべきです。
問題を「何かのせい」にして、思考停止してしまうと、問題は解決しません。
 
たとえば、今の仕事の給料が安すぎる、と思ったら、
まずは、経営者や上司に、その給料の根拠や、なぜもっとお金が必要なのかを、相談してみることです。
その話し合いのなかで、改善すべき点がわかることがあります。
その点を改善する努力を試みるのは、双方です。
でもね、たとえば、給料がわかってるのに、高価な車を高い金利で買って、支払いがきついのに、さらにインチアップホイールと超扁平タイヤをローンで買って、おまけに携帯電話の脇見運転で車ぶつけて、保健にも入って無くて修理もできなくて、またちがう車を買わないと出勤もできないし・・・みたいなケースの場合は、どこを改善しようかなあ・・・悩むね。
こういう人は、まずは、足し算引き算と、金利の計算の勉強をすべきかと思います。
 
今の仕事が忙しすぎると感じたら、なぜ忙しいのかを考えるべきです。
そして、健康や意識レベルにまで悪影響があるほどの忙しさであったなら、やはり上司や経営者に相談すべきです。
だって、意識レベルに影響が出るほど忙しいと、やがてミスをします。作業そのものの質も低下していきます。その損失の方が会社にとっては痛手になります。
その説明をしても理解してもらえない会社は、遠からず、ミスをやらかして傾く可能性がありますから、脱出の準備をした方がいいと思います。
 
僕は、以前、リサイクル用のマグネットの開発をしているとき、リサイクルの現場を沢山見ました。
そして、働いてる人達に話を聞きました。
そこで僕は、様々な問題点を見つけます。
でも、働いている人達は、
「え?だって、仕事だからしょうがないよ。そういうもんだよ。」
「どうせ、自分たちが言ったって、改善なんてされるわけ無いんだ。だからしょうがないんだよ。」
と言うだけでした。
でも、このセリフは、そこら中で聞くセリフです。
 
お金や収入に関していえば、
僕は、34歳で会社を経営したものの、莫大な借金を返すために必死でした。
時には、隣のレジの支払いをしている人の財布の中のお札が気になってしょうがない事もありました。
毎月の支払いのことだけ考え、表を書いて、ギリギリで資金を回してきたこともあります。
でも、そんなときでも、気を付け続けたのは、自分の能力を向上させることでした。
厳しい状況に負けて、自分の能力が低下したら、収入はさらに減ってしまうのです。
だから、厳しい時も、「知恵と経験と人脈」がプラスになる道を考え続けました。
本を読み、やったことが無いことをやり、人と関わる努力です。
そして、それは、僕を裏切らなかったと思います。
 
お金は、もらうものではありません。
お金は、自分に詰まっています。自分のマンパワーです。
それを現金化する手段が、「労働」です。
そして、「労働」には「変換レート」があります。
「能力」が高いと、レートが上がります。「能力」が低いと、レートが下がります。
その「能力」には、希少価値もあります。
「普通」だと、一番安いのが選ばれます。だからこそ、ちょっとちがう努力が必要です。
でも、指示されたことを、指示されたとおりにやってる限り、「ちがう」にならないです。
自分で考えて、自分で試すのです。それが「ちがい」を生み出します。
 
もちろん、ルーチンが決まってることで、勝手に変えたら大問題です。
だから、完璧にルーチン化された仕事では、能力を向上させる意味がないように思えます。
(あと、そういう仕事は、遠からず自動化されるので、はやめに脱出を考えた方がいいです。)
でも、どんな仕事にも、ルーチンになっていない部分はあります。
そこで「ちがう」をアピールしていくことは不可能では無いです。
 
また、趣味の人脈も重要です。
趣味で仲良くなった人が、どこかの企業の経営者だったりする可能性は充分あります。
その人と仲良くなれば、新しい可能性が広がるかもしれません。
縁故は、作れるんです。
 
現状が厳しいと思っている人は、もしかしたら、ここのところしばらく、新しい人間関係が増えていないとか、新しい経験ができていない、かもしれません。
もし、そうかも・・・と思ったら、ラッキーです。
新しい人間関係や、新しい経験で、自分の現状を改善できる可能性があります。
 
現在の自分の状況にコンプレックスを感じるなら、それを放置せず、改善する努力をした方がいいです。
コンプレックスを放置したままだと、自分の未来が危ういどころか、自分の周囲の人の、未来や可能性をつぶす危険性があります。過度の学歴や成績への依存のもとになることもあります。
 
だからこそ、やっぱり、問題は解決する努力をしたほうがいいです。
 
 

出来無い理由ではなく、できる理由を考えよう。

「衝撃の瞬間」という番組があります。ヒストリーチャンネルだったかな。
様々な事故の、発生原因や経緯をCGをつかって詳細に分析する番組です。
この番組の冒頭のナレーションが
「事故は様々な原因が絡み合って生じている」ということを言います。
まったくその通りだと思います。
問題や、事故は、原因がとても複雑にからみあっています。
 
同じように、教育に関する問題も、様々な要因が絡み合って生じています。
だから、教育の問題は、先生だけが原因とは限りません。
 
でも、重要なのは、「原因」を「複雑に絡み合っているから、難しいから、しょうがない」とあきらめることではなく、どうやったら問題を解決できるかを考えることです。
僕は、教育の問題の解決に、もっとも効果的で有力な存在は「先生」だと思っています。
 
僕は、問題を解決するために頑張ってる先生を沢山知っています。
そして、そういう先生が、悲しいことに、学校内で少数派になっていて、周囲の先生からのいじめやパワハラを受けているケースがあることも知っています。
だからこそ、頑張る先生が一人ぼっちでは無いんだと言う事を、知ってほしくて、記事を書きます。
教育意外についても、同じです。
問題を「いろいろと難しいんだよねえ・・・」で、結局ごまかして思考していない人は沢山います。大事なのは、思考することです。
問題を分析して、それぞれの原因の影響度を調べて、もっとも費用対効果が有効なことから試していくことは、とても大事です。
でも、それをしていない人は、多いです。
 
魔法少女まどかまぎかの女の子達は、それぞれが、自分の大切なものを守るために、
命をかけて戦います。
そして、自分の大切なものを守るためには、同時に、世界も守らなければいけないことに気がつきます。
でも世界は、そんなに素晴らしくなくて、守りたくないように人間もいます。
でも、それでも、命をかけて「自分にできることをやる」のです。
程度は違えど、僕らもそうすべきかと思います。
 
どんな問題も、
自分にかんけーねーから。自分がやったってどーせかわんねーから。めんどくせえから。
と、無視することも可能です。
でも、本当は、僕らには、できることがあります。

出来無い理由では無く、できる理由を考えないと、社会は良くならないと思います。

義務教育を必要としてるのはだれ?

義務教育の学校での話です。
もしもね、クラスの全員が、すごくまじめで熱心で、礼儀正しくて、素直で優しくて、学力も高かったら、それはもう、素晴らしいクラスになるでしょうね。
ほうっておいても、家庭学習もばんばんやります。テストは常に100点です。
国学力テストでも、高得点です。学校行事でも大活躍です。
そんな子達が集まったら・・・

その場合、先生の存在理由は?

子どもの頃、僕はこの疑問を感じました。
だって、先生がかわいがる「いい子達」は、上記の通りでした。
でも、僕の目からみたら、彼らは、先生を必要としてませんでした。
彼らにとって先生は、いい内申点をつけてくれる人でした。
そして、残念だけど、こういういい子のなかには、優しくない子もいました。
先生の前ではいい子だけど、弱い子の前では、ひどい子でした。
でも、彼らは、成績もいいし、内申点も高いのです。
だから、先生は彼らの言う事を信じます。彼らを大切にします。
そんな彼らは、本当は、人間としての「優しさ」や「思いやり」の教育を受けるべきだと思います。でも、彼らは、成績がいいから、問題ないのです。

ほうっておいても、いい点数がとれる子達は、教える必要が無いです。

本当は、先生の助けを求めている人は、成績が低く、態度も悪い人ではないでしょうか?
でも、そういう人と関わると、めんどくさいし、つかれると思います。それは理解できます。
だからなのか、そういう人達と、関わりたがらない先生を、僕は沢山見てきました。
問題行動のある子を指さして、「あいつんとこは、家庭がめちゃくちゃなんです。だから、どうしようもないんです。」と放置している人もいました。
でもね、家庭がめちゃくちゃなら、彼を救うのはだれ?

義務教育の先生の役目は?
義務教育を必要としてる人はだれ?

僕と同じ疑問を感じている子は、けっこういるような気がします。


今週、ラジオに出してもらえます!

5月22日の週、今週ですね。
JFMの「OH! HAPPY  MORNING(オーハッピーモーニング)」の中の、
「オー! ハッピートーク」に出させていただけることになりました。

お相手をしてくださったのは、北海道出身の井門宗之さんでした。
とてもいい声。こんな声だったらいいのになあ、と憧れます。
そして、なんといっても、話の引き出し方がとても上手でした。
話をしていて、もっと話したい、と思える人でした。
おかげで、普段とはちょっとちがうお話しができたかも。

http://park.gsj.mobi/news/show/34600

残念ながら、この番組、北海道では放送されません。
でも最近はFMも、ラジオ受信機がなくても、ネットで聞けるそうです。
探してみていただけるとうれしいです。

非リアルなアニメや漫画のおかげで、リアルでがんばれてる僕。

僕は、小学生の時に、宇宙戦艦ヤマトのテレビ放送に出会いました。
第1話から、テレビに釘付けになりました。
 
戦場は冥王星のそばだそうです。
得体の知れない緑色の宇宙船に、黄色と赤と白の地球の宇宙船は、まったく歯が立ちません。
こちらが撃つ弾は跳ね返され、相手の弾は、こちらの船を簡単に突き抜けていきます。
 
どんどん味方がやられる中で、小さな船が勇敢に敵の船を追い回します。
おもわず、「がんばれ!」と思います。
 
やがて、味方の損害がひどく、撤退の判断がなされます。
しかし、あの頑張っていた小さな船は、撤退しようとしません。
「男なら、戦って、戦って、一つでも多くの敵をやっつけて、死んでいくものじゃないですか!」
この言い分もわかります。
それまで見ていたテレビのヒーロー達は、みんな、似たようなことを言っていました。
でも、地球艦隊の司令官の沖田艦長は「男なら、明日のために、今日の屈辱に耐えるのだ!」と言います。
それは、僕にとって、衝撃でした。
 
宇宙戦艦ヤマトの、第1話の、30分のなかの前半部分だけで、僕の人生が受けた影響は計り知れないです。
ちなみに、このとき僕は、8歳です。8歳の秋でした。
 
僕は、じいちゃんが大好きでした。やさしい、おおきいじいちゃんでした。
ちょっと変わっていたであろう僕を、大切にしてくれました。
じいちゃんは、ちらしや、わら半紙を、丁寧にとっておいてくれました。
「つとむがなにか書くから。」
僕は、じいちゃんに絵を描いてみせるのが好きだったのだと思います。
じいちゃんもそれを好きでいてくれたのだと思います。
でも、大好きなじいちゃんは、僕が小学校に上がる直前の冬に亡くなりました。
突然倒れて、もう二度と会えなくなりました。
 
そして、僕は小学生になりました。
受け持ってくれた女性の先生は、優しそうでした。
でも、全然違いました。
保護者がいなくなったら、とたんに目つきがつり上がりました。
そして、地獄のような3年間が始まりました。
 
僕らは、先生が教室に入ってくるときの表情に怯えました。
不機嫌な表情の時は、震え上がりました。
その先生は、毎日の感情の起伏が激しく、不機嫌なときは、授業せずに、僕らを攻撃しました。
 
僕は、サラダが食べられませんでした。マヨネーズが嫌いでした。
無理矢理食べさせられました。僕は思わず食べていたものを全部戻してしまいました。
そうしたら、その戻したものを食べろと言われました。全部食べるまで残れと言われました。
クラスのみんなが掃除をはじめても、僕だけ机で泣きながら、自分の吐いたものを食べさせられました。
 
この地獄のような日々に、僕には、頼みの綱のじいちゃんがいませんでした。
親に先生の事を言っても、「怒られるお前が悪い」というかんじでした。
大人に相談しても、何も問題は解決しないのだと思いました。
だから、誰にも相談しなくなりました。
 
そんな時に、宇宙戦艦ヤマトに出会いました。
第1話から、おじいちゃんが大活躍でした。
そして、あの一言です。「明日のために、今日の屈辱に耐えるのだ!」
その一言が、今日に至るまで、僕を支え続けました。
どんなに悔しくても、投げ出さないで、いつかかたきをとるのです。なしとげるのです。
 
他にも、漫画やアニメからもらった勇気や思考ははかりしれません。
いまも、僕は多くを学んでいます。
 
でも、僕の大好きな宇宙戦艦ヤマトでも、
「宇宙人なんているわけないし。」
「こんな宇宙船作れるわけないし。」
「ワープなんてありえないし。」
冥王星なんてものすごく遠いから、簡単にいけるわけないし。」
「こんなくだらない作り話なんて見てないで、現実を見ろ!」
と言う人もいます。
 
僕は、いろんなところでお話しをさせていただきますが、
「あなたは特別だからできたんです。」
「現実には、そんなにうまい話はないです。」
「努力をしても不可能なことはあるんです。」
「考える力が大事と言うけど、やっぱり、学歴の方が大事です。」
「そんな夢みたいな事言ってないで、現実を見ろ。」
と、わざわざ御指導してくださる方々がいます。
 
僕は、成績が悪かったです。でも、国立大に合格します。
進学したかったのは、流体力学を学びたかったからです。
国立大を受けた理由は、お金が無かったからです。
滑り止めも受けられない、一発勝負でした。
受かった理由は、半分が運で、半分は努力かなと思います。
僕は、「過去問題100選」という問題集だけに絞って、丸暗記します。
その例題以外がでたら終わりです。でも、少ない僕の能力を一点集中でそこに突っ込みました。
もし僕は、普通に受験勉強をしていたら、間に合わなかったと思います。
 
マグネットが売れるようになったのも、
永田先生に出会えて、ロケット作れるようになったのも、
たまたま、たなぼた的にできたのではないです。
そうなるために努力をしてきた結果です。
僕は、現実を見つめ、自分の能力を冷静に判断します。
その上で、どうやったらできるかを考え、挑みます。
もちろん、一発でうまくいくことなどなかなか無いです。
でも、一回目の失敗で、次にどうすればいいかがわかります。
だから、やり方に修正を加えて、また挑むのです。
凹んでいる時間も、自分を責めてる時間も、他人のせいにしてる時間も、ムダです。
その時間があれば、分析と、リトライに使うべきだと考えました。
それを支えたのが「明日のために、今日の屈辱に耐えるのだ!」です。
僕は、漫画好き、アニメ好きだったから、リアルの世界でがんばれています。
 
ありとあらゆるところに学びは転がっています。
それを、「漫画だからくだらない」「アニメだからくだらない」「作り話だからくだらない」と決めつけてしまうのは、もったいないことだと思います。
僕が知ってる限り、すごく頑張ってる人達は、たいていアニメや漫画好きです。
そして、アニメや漫画から多くを学んで、自分のパワーにしています。
もちろん、そういう人達は、アニメや漫画以外にも、様々な事に、等しく興味を示し、
どんどん吸収していきます。
吸収するから、成長するのだと思います。
 
時々、過度の受験勉強の結果、教科書以外は本にあらず。みたいな感覚の人もいます。
勉強以外で本を読んだことがない。という人たちです。
そういう人は、漫画やアニメなどの趣味は、勉強の妨げになる「くだらないこと」とすり込まれています。
でも、教科書に書かれてる事なんて、世界のほんの一部に過ぎません。
そして、学歴や成績が評価されるのも、世界のほんの一部に過ぎません。
学歴や成績に自己存在を依存すると、世界はとてつもなく狭くなると思います。
 
僕はいま、カレンダーをめくったら、その裏面の真っ白い部分が気になってしょうがないです。
なんとなく、とっておきたくなります。
じいちゃんの言葉が思い出されます。「つとむがなんか書くから」
でも、キリが無いから、ある程度たまったら、覚悟を決めて捨てるけど・・・
じいちゃんは、たしか60代で亡くなったはずです。
僕も、その年齢に近づいています。
じいちゃんみたいになれるかな。
 
と、ここで、ふと。沖田艦長って何歳?と思いました。
調べてみたら、なんと、1974年のテレビ放送時は、52歳だそうです。
まじですか。あと2年。
うわー。沖田艦長みたいにになれるかな。
頑張らなくちゃ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

いまのアニメや漫画は、容赦ない。

いま、「魔法少女まどかまぎか」を見ています。
というか、もう3周目。
ついでに、後日談の劇場版も見ています。
 
いや。ものすごく沢山考えさせられます。
 
僕は、昔の小学生向けの本には、手加減も容赦もなかった。という話をします。
僕が大好きだった、二宮先生の「よく飛ぶ紙飛行機集」には、
かなり高度な飛行機の設計の仕方が「容赦なく」書かれていました。
でも、総ルビ(全部ふりがなつき)なので、読めました。
僕は、この本のおかげで、飛行機やロケットの道に進めたと思います。
 
でも、いまは、子ども向けの図鑑などは、グラフィックは綺麗になってるけど、
内容は「わかりやすく」や「習っていない漢字を使わない」の追求の結果なのか、
かなり物足りなくなってきてる気がしていました。
 
ところが、漫画やアニメに関しては、「容赦ない」どころじゃないです。
ものすごく思考させる内容のものがどんどん生まれています。
中学生や高校生で、こういうすごい内容のアニメや漫画を理解できるなんて、
素晴らしい事だと思います。きっと、すごく精神的に発達すると思います。
 
でも、僕の時もそうでしたが、僕が大好きになった紙飛行機の本は、
学校の先生や大人に、「紙飛行機」ということで「低レベル」「幼稚」と判断されます。
本の内容など見てもくれません。「くだらない」で切り捨てられました。
 
いまも、子ども向けのアニメや漫画を、「くだらない」「幼稚」として、見もしない大人が沢山います。
でも、子ども達は、あたらしい情報や、心を表現する様々な方法に出合い、
どんどん精神的に発達してるのに、子どもと関わる大人が、発達していない場合、
そこには、ものすごいギャップが生じます。
 
子どもと関わる大人は、努力して、子ども達が触れる文化を知るべきだと思います。
子ども達が、学校以外から、何を学んでいるのかを知るべきだと思います。
同時に、自分自身も、現状で停止せず、新しいことや、やったことがないことを、
どんどん取り入れるべきだと思います。
 
人口減少時代には、大人は、子ども達を、自分以上の存在にしなければ、社会は衰退します。
子ども達を、自分の常識や普通の範囲内に止め置かず、
いかにして、その向こう側に押し上げるかが大事です。
そのためには、大人も学ぶ必要があります。
そうしたら、自動的に、社会は発達するはずです。
 
安倍政権では、人口減少時代にも、経済のプラス成長を目指しています。
そのためには、「大人が子ども達を自分以上の存在に押し上げる」という意識が不可欠だと思います。