あきらめ方を教えなければいい。
生まれたときから、あきらめ方を知っている人はいません。
僕らが知っている「あきらめ方」は、
誰かがあとから教えてくれたものです。
自分が知っている「あきらめ方」を、自分がいつ学んだのかを考えてみたらおもしろいかもしれません。
「やったことないんだからやめておきなさい!」
「失敗したらどうするの?」
「あー、だめだめだめ、あぶないあぶない!」
もしかしたら、とても小さいときに習ったかも・・・
もしくは、
「おまえの成績じゃなあ・・・」
「高望みするな。」
「身のほどを知れ。」
「現実を見ろ。」
進路指導の中で学んでしまったかもしれません。
そして、「あきらめ方」には、
「努力しても無駄だよ。」
「無駄な努力はしない方がいいよ。」
という意味がたっぷり含まれています。
努力が出来なくなると、
現在の自分で確実に失敗せずに出来ることしか出来なくなります。
それは、自分の能力以下の今年か出来ないということです。
それでは、成長出来ません。
でも、毎年、年齢だけは増えていきます。
周りの、努力できる人たちとの差が、どんどん開いていきます。
だから、年齢を重ねるほどに、劣等感は増します。
だから、そういう人は、
年齢を重ねるほどに、努力を否定したくなります。
「そんなことやる余裕あっていいね。」
「よーやるわ。」
「金持ちの道楽」
昨日は、PTAの全国大会でした。
平日に、観光シーズンど真ん中の北海道です。
飛行機代も、ホテル代も、これでもかってくらいに高価な季節です。
そのときに、来てしまう人たちは、よほどの根性です。
その投資が自分の成長に与える効果を知っている人たちです。
努力の価値を知っている人たちです。
でも、おそらく、そういう人たちは、周りからは、いろんな事を言われてしまうこともあるでしょう。
でも。負けないでください。
努力の価値や、成長の喜びを示し続けて欲しいです。
その背中を見た人たちが、努力や成長を信じるかもしれません。
子ども達の、夢と希望を奪って、
あきらめ方を教えたら、
彼らは、10年後、15年後に、奪う人になるかもしれません。
でも、
子ども達の、夢と希望を奪わないで、
あきらめ方さえ教えなければ、
彼らが、10年後、15年後に、素晴らしい社会を作ります。
ともに、子ども達を支えてきましょう。
昨日の出会いには、本当に感謝です。
北海道まで来てくださって、ありがとう。