植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

思考のプロセス

大学の恩師とお酒を飲んだとき、
その先生が悲しそうに言いました。
「大学生の教科書を書いているんだけど、ページ数に厳しい制限があるんだよ。なぜなら、重たい本は、大学生に嫌われるんだそうだ。でもね、人類は今日もがんばり続けているから、学問は、毎年毎年、必ず増えていくはずだ。歴史だって、毎日増えてるじゃないか。だから、教科書は、毎年厚くなるのが自然な気がするよ。欧米では、大学生は分厚い教科書を苦も無く持ち歩くのに・・・」

本の出版に関わる人が嘆いていました。
「最近は、新書サイズはものすごく売れるんだよね。ハードカバーなんて、全然売れなくなっちゃった。できるだけ、文字数を減らして要約した、すぐに答えが得られるような本を好む人が増えているからかもなあ。」

僕は、子どもに説明するときは、専門用語を用いずに、できるだけわかりやすく伝える努力をしています。
でも、そのために、専門用語なら一言ですむことが、たとえ話などをするから、間違いなく語数は桁違いに増えます。
でも、その方が、伝えたいことが伝わります。


僕は、子ども達に、「考える人」になるといいよ、と伝えています。
だから、「考え方」の参考になればと、このfacebookで、僕の思考の仕方を書いています。
疑問に思ったことからはじまって、
なぜだろう?こうかもな?の繰り返しです。
僕は、それが大事だと思っています。

たとえば、参考書。
問題文があって、答えが書いてあるだけだと、どうやって答えを出すのかがわかりません。
それを暗記したとしても、問題文がほんの少し変わっただけで、答えはちがうものになってしまいますから、通用しません。
だから僕は、問題の解き方のプロセスが書いてある参考書が好きでした。
それを丸ごと暗記すると、問題文が変わっても、解き方がわかります。

人間の脳は、生まれたときはとても複雑だそうです。
でも、生活する中で、思考を単純化していくそうです。
なぜならその方が、ある特定の問題に対しては、反応が早くなるし、脳の負担が少ないからだそうです。
しかし、予期せぬ問題と出会ったときに、思考できなくなる可能性もあるそうです。

アインシュタインをはじめとする、ちょっと変わった人たちの脳は、その思考の単純化がほとんど起きていないそうです。
だから、注意力散漫で、いろんな事に興味を示し、寄り道しまくります。
だから、普通の人が素早く出来ることが、素早く出来なかったりすることがあるのですが、
その代わりに、普通の人が考え及ばない事を考えられるのだそうです。

僕は、思考を複雑にしておきたいです。
思考の単純化は、どんどん突き詰めていけば、無思考というか、
脊椎反射になってしまいます。
それは、進化に逆行してるように思います。

人間は、せっかく大脳を発達させました。
それは、脊椎反射の反対側です。それは、思考のためだろうと思います。
だから、僕は、思考を複雑にする努力をします。
そして、その思考プロセスを、このfacebookに書きます。
それが誰かの思考の役に立つかもしれないと思うからです。
だから、当然のように、ものすごいワード数になります。
だから僕は、Twitterが不可能です。
180文字では、僕の思考プロセスを書き表せません。

子ども達は、僕の長い話を真剣に聞いてくれます。
小学生でも、僕の本を付箋だらけにして読んでくれる子もいます。
僕は、そういう人の役に立ちたいです。

ということで、今後も、このfacebookは、
ひたすら長い文を書き続けると思います。
短い文じゃないとつらいという人は、そういう文を書いてくれる人の文を読むべきです。

僕がこのfacebookに書くのは、単純で心地よい解ではありません。
僕の思考のプロセスです。