植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

「意味なくね?」は要注意

僕は、子どもの頃、飛行機やロケットが大好きで、
いろんな勉強をしました。
でもそれは、テストに関係なかったので、
学校の先生には「そんなことしても意味が無い。」と言われます。

今朝の会社の朝礼で、今朝宇宙に旅立った油井さんと、直接お話ししたことがあるという、うちの会社の仲間が「油井さんは、物理が大好きで、高校の授業とはまったく関係のないレベルの物理を自分で勉強していたら、学校の先生に、「そんなことをしても意味が無い」と言われたそうです。」と話していました。

先日、植松電機に体験学習に来てくれて、ロケットを作ってくれた子ども達から感想文が届きました。
その中に、「親にロケットを見せたら、親がものすごく喜んで、いろんな話が出来ました。」というものもあれば、
「親にロケットを見せたら、「しょせんおもちゃでしょ。意味なくね」ということを言われて悔しかった。」というものもありました。

「意味なくね?」
これは、実は、「私は思考能力がありません。」を宣言する言葉です。

「意味」は、自分で考えて、自分の人生に活かすものです。
そして、どんなことにも意味があります。

「意味なくね?」の人は、「価値」も考えることが出来ないかもしれません。
そういう人は、文化財を傷つけたり、図書館の本を壊したり、人間の尊厳を破壊したり、人を見下したり出来るかもしれません。

かつて、アドルフ・ヒトラーは「価値のない命」という表現を使ったそうです。そして、多くの人の未来を奪ったと言われています。
これは、「意味なくね?」の究極の姿かもしれません。

だから、「意味なくね?」には気をつける必要があると思います。
僕の心の中にも、時々、「意味なくね?」がわくことがあります。
でもそんなときは、ぶんぶん頭を振って、意味を見つけ出すように努力しています。
努力していたら、だんだん、「意味なくね?」が減っていってる気がします。

「意味」は、自分で考えて、自分の人生に活かすものだと思います。