植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

手段を目的にしちゃうと、本当の目的には到達できません。

僕は、手段の目的化、を注意しています。
ともすると、陥ります。
だから、常に、「なんのためにするのか?」を考えるようにしています。
 
僕は、
夢とは、大好きなことや、やってみたいこと、だと思っています。
そして、その夢について考えたとき、
代替手段のない夢は、たいていは「手段」です。
 
たとえば、
「金持ちになりたい!」
が夢だとします。
その代替手段はあるでしょうか?
お金をたくさん持つ、という、きわめて具体的な夢だからこそ、
その代替手段は、ないような気がします。
だから、「金持ちになりたい!」は、「手段」です。
そういうときは、「なぜ?」を考えたらいいです。
「なぜ、金持ちになりたいのか?」
そうしたら、いろんなことを考えられます。
その中には、「夢」が紛れているはずです。
 
手段の目的化、の最たるケースは、教育現場でよく見かけます。
たとえば、受験は手段です。進学も手段です。
そして、組み体操も、手段です。
 
だから、受験も、進学も、組み体操も、教育上良い効果があるかもしれないけど、それは「教育上不可欠」ではないです。
実際、受験しない人も、進学しない人も、そして、組み体操しない人もいます。
 
大事なのは、「なんのためにやるのか」です。
そこがぶれていたり、不明確だと、手段が目的になります。
そして、本当の目的は達成されないです。
 
本当に夢をかなえたければ、目的を達成したければ、
時々、「なんのためにやるのか?」を真剣に考えた方がいいと思います。