植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

北海道は寒くなりました。今日は島根。

今朝の赤平は、朝日が昇る前のトワイライトがとても奇麗でした。
気温は1度。寒くなったなあ。
 
現在は千歳空港。
これから、羽田経由で島根に飛びます。
今日は島根の学校でお話しさせていただけます。
 
千歳はとてもよい天気。
太陽のありがたみを感じます。
今日は、どんな子達にあえるかな。
がんばってきます。

うらやましい相手を攻撃しても、劣等感は消えないよ。

以前、伝記が嫌い、という学校の先生に会いました。
嫌いな理由は、「自分はそんなにがんばれない。伝記を読むと、劣等感ばかりわいてしまう。」だそうです。

似たように、偉人伝が嫌いという人にも出会いました。
その人は、偉人の生き様を否定し、見下していました。
でも、本来は、他人がどう生きようが、何を言おうが、自分の人生には直接の関係はないです。
自分がどう思うのか?どう感じるのか?が、自分の人生に影響を与えます。
だから、他人がどう生きようが、何を言おうが、否定も批判もする必要はありません。
でも、それをしてしまうのは、きっと、そうしないと、自分の劣等感に耐えられないからかもしれません。

確かに、自分ができないことができる人に出会うと、「自分なんて・・・」という劣等感を感じてしまうことがあります。でも、できる人だって、最初はできなかったのです。できるようになっただけです。その方法を学べば、自分もできるようになる可能性が高いです。
伝記には、その「できなかったことが、できるようになる過程」が書かれていると思います。

僕は、伝記とは、「こうしなさい!」「こうすべきだ!」という人生の指示書ではなく、単なる「情報」だと思っています。でも、その情報は、「やったことがある人」の情報なので、とても価値があります。有益です。貴重です。

できない自分を責めたり、できない自分を守るために、できてる人達を否定したりしても、
「自分ができない」という状態はひとつも変わりません。
状態を変えるためには、なにかをやってみるのがいいです。
そして、そのときには、やったことがある人のまねをするのと成功率が高まります。
そして、やったことがある人達の記録が、伝記だと思います。

だから僕は、伝記が好きです。

今日は函館日帰りです。

現在は丘珠空港
これから、函館に行ってきます。
 
函館の北斗市で、青年会議所主催のイベントでお話しさせていただけます。
 
当初は、小学生向けのお話しの予定でしたが、途中から大人向けに変更になりました。
 
僕も青年会議所にいたから、なんとなくわかります。
「青少年に夢と希望を!」という志でスタートしても、
実際には、小学生も中学生も、塾やら習い事やら部活などで、
下手したら大人以上に休みが無いです。
僕はそれが、精神がものすごく発達する時期の子ども達が、
様々な社会と接するチャンスを阻害しているように感じてしまうことがあります。
 
先日、海外留学経験のある子に出会いました。
その子は、海外と日本では、まるで授業の内容もテストもちがった、と言っていました。
暗記したことを一字一句間違えないと高得点なのが日本。
そんなコトしたらペケになるのが海外。
自分の意志で自分の言葉で記述しないといけないテストが、
ものすごく多かったそうです。
 
いま、日本の教育も、そう変わりつつあります。
しかし、保護者や先生の多くは、自分が経験した勉強の仕方しか理解できていません。
それは、これからの時代を生きる子どもにとっては、マイナスに作用するかもしれません。
 
てなことを、ここ数年の世の中の動きや、企業のニーズなどとくっつけたお話しをしてこようと思います。
 
丘珠空港も、伏古インター降りてからの一般道との合流が、
もうちょっとしやすいといいんだけどな。
 

富良野緑峯高校で、おもしろいイベントがあるよ。

スペースプローブコンテストは、無事に終えることができました。
途中の、あり得ない雨と風は酷かったけど、
誰も音を上げないで頑張りました。
雨の中でも、全力でプローブの回収に走る高校生に感動しました。
 
このコンテストに参加してくれている学校のひとつが、
富良野緑峯高校です。
農業と工業と商業が合体している、北海道唯一の学校です。
農業の6次産業化というテーマに、ぴったり。
これからの時代にすごくマッチした勉強ができそうな学校です。
 
スペースプローブコンテストに参加してくれた高校生達は、
普段から、町の子ども達相手に理科教室を開くなど、
がんばってる子達だそうです。
 
この学校で、電気工事や、プログラミングを体験できる、
おもしろいイベントがあるそうです。
 
●体験内容
・電気工事部門
 内容:一般住宅の電気工事の一部を、壁をイメージした作業版で体験。
  金属管やPF管などの管加工も行います
 対象目安:中学生以上(保護者同伴 歓迎)
 
・電子制御部門
 対象目安:中学生以上(保護者同伴 歓迎)
 内容:RaspberryPiによる電子回路制御。温度センサ、光センサの変化を読み取り、
  LEDやサウンダなどの制御を体験します。プログラムは15行程度、Pythonを使用します。
 対象目安:中学生以上(保護者同伴 歓迎)
 
やったことがないことをやると、自信が増えます。
ぼくがやりたいわ。
 

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窒素な人に負けないで。

ときどき、問題を解決するための会議の席で、
自分の意見を話さないのに、
他人の意見には文句をつけて、
結局は、「いろいろと難しい問題だから、様々な方面から考える必要があるね。」
と、漠然にもほどがあるわ、というまとめ方をしちゃう人がいます。
 
でもね、問題を解決するための会議を、
「問題は複雑だよねえ」で終わらせないでよ、と思います。
 
こういう人の発言は、時間の無駄でしかないです。
 
他人の意見は、その人が考えた仮説であったり、経験という情報だったりします。
それは、世界の真理ではありません。
というか、どんなことにも完璧に当てはまる真理は、なかなかないと思います。
 
だから、どんな意見にも、適合しないシチュエーションがあります。
それをわざわざ言い立てて、あるシチュエーションで成立しないから、その意見は、どんな場合も成立しない、というロジックの人は少なくないです。
「正」か「誤」かの、デジタルな判断しかできない人は、
100%正で無ければ、100%誤である、という判断をしがちです。
 
でも、こういう人ができるのは、「正」か「誤」かのジャッジだけです。
自分の意見を持ちません。というか持てません。
なぜなら、自分の意見も、「正」か「誤」でジャッジしてしまうと成り立たないからです。
 
だから、ぼんやり漠然な「いろいろと難しいんだよ。」
という答えで締めくくるしかなくなります。
 
これが、問題の解決を阻害していると、僕は思います。
 
世の中の問題は、様々な事象が絡み合っています。
どんな問題も複雑です。かならず、ニワトリと卵の関係です。
でも、「複雑だよねえ」「ニワトリと卵だよねえ」では、問題解決しません。
大事なのは「自分ならどうするか?」を自分の立場で考えることです。
他人ができるかできないかとか、社会がどう動くかなんて、自分で制御できることではないです。
自分がもっとも手っ取り早く具体的に変えられるのは、自分です。
 
でも、人の意見をつぶすけど、自分の意見がない人は沢山います。
そういう人は、「窒素」のようなものです。
そういう人の意見は、情報になりません。
スルーするのが一番です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

スペースプローブコンテストの時間割です。見学大歓迎!

今週末は、スペースプローブコンテスト。
タイムテーブルを示します。
 
プローブ(探査機)部門の合間に、
ロケット部門があります。
 
ロケット部門では、
おそらく、オリジナリティあふれるロケットが、
ばかすか飛びます。
 
到達高度を低く設定しているし、安全範囲をでっかくとってますので、多少のへんな飛行も大丈夫。
きっと、ごく初期の鳥人間コンテストのような
おもしろさがあるかも。
(そんなの知ってる人間は昭和の人だわ。)
 
プローブ部門も、ロケット部門も、見学も大歓迎です。
来年でてみよう、と思えるかもしれませんよ。

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健康で文化的な生活をするために必要なお金を払う努力より、安価に健康で文化的な生活を送る方法を考えるのもあり!

先日、新聞に、札幌市の母子家庭が健康で文化的な生活をするために最低限必要なお金、として、月額30万円、という数字が書かれていました。道労連の調査によるものだそうです。
 
母親1人で働いて、月に30万円?手取りで?
 
1日8時間、週に5日間働くとして、時給で1700円相当だそうです。
 
そんな仕事、どこにあるの・・・
 
でもね、本当は、この場合、注目すべきは、収入ではなく、支出だと思います。
 
健康で文化的な生活をするために、月に30万円の支出が必要だ、というのが現状だということです。
 
30万円払わないといけないから、30万円稼がないといけない。と思うのは短絡的だと思います。
僕なら、「なぜ30万円かかるのかな?」を考えます。
その内訳のなかで、減らせる部分を減らす努力をすべきだと思います。
 
もしも本当に、北海道で最低賃金を1700円にしてしまったら、ほとんどの企業が、製品の価格競争力を維持するために、
人を雇用できなくなる可能性があります。
そうしたら、最低賃金どころの話ではないです。無収入の人がどんどん増えます。
それは、破綻の方向です。
 
いやいや、みんなの所得が増えたら、みんながお金使うようになるから、製品価格は上がって、利益率が改善されて、企業だって高い給料払えるようになるよ。
という意見もあるかと思いますが、その状態になる前に、耐えられない会社が沢山あると思います。
 
生活コストが増えると言うことは、世界的な競争力の低下につながると思います。
なぜなら、人件費が高い国は、人件費が安い国に、勝てないからです。
同じ製品を作るなら、人件費が高い国は、人件費が安い国に、価格競争力で負けます。
いま、北海道の農作物を、世界に輸出しようと頑張ってる人達がいますが、その際にも、日本の人件費が高くなることは、マイナスに作用するはずです。
 
健康で文化的な生活を、低コストで得られるようにするにはどうしたらいいのか?
それを考えるべきだと思います。
なんで教育にこんなにお金がかかるの?本当に払ったお金分の価値があるの?
なんで家の寿命はこんなに短いの?もっと長く使えないの?
 
これを真剣に考えて対策しないと、北海道だけではなく、日本の経済と生活は破綻する可能性があると僕は考えています。
でもきっと、月額30万以上を余裕でもらってる人達は、こんなことどうでもいいんです。
そして、国の制度や仕組みを考えている人達のほとんどが、そういう人達です。
それでは、この、はたらけどはたらけど我が暮らし楽にならざりな状態が、改善されるはずがありません。
 
だからこそ、生活者自身が、この問題に向き合うべきです。
まず第一にすべきことは、「その支出は本当に適性なのか?本当に必要なのか?」を考えることです。そして、第二に、「そのサービスを、もっと安価に提供できないか?」を考えるといいです。
自分が「サービスをお金を払って受けるだけ」という意識では、改善できません。
自分が「サービスを提供する側」の意識になってみることが大事です。
でも残念ながら、日本では、進路指導の中で、「働く」=「雇われる」しか教えていません。
だから、状況は改善されないのかもしれません。
 
我が子の人生を人質に取られて、不安をあおられて、べらぼうな学費を言われるがままに払っている状態は、縁起商法や霊感商法とかわりありません。
おまけに、そうやって得た学歴や成績は、我が子の人生を保障してくれません。(人生の保障はありませんから。)
本当に我が子の未来を案じるならば、社会をよくする努力をすべきです。
 
人生は、「雇われる」だけではありません。
人生は、「お金を払ってしてもらう」だけではありません。
自分でもできることがあります。
その意識が、きっと、生活と社会をよりよくする可能性だと思います。