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植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

運はいいにこしたことないけど、不運も不可欠な過去になることもある。

夢をかなえるためには、「運」も大切だ。
だから、努力すれば夢がかなうとは限らない。
努力が無駄になることもある。
 
という意見は、わりと目にします。
 
「運」はあります。
自分ではどうにもできないことは、突如としてやってきます。
でもだからといって、「努力しても無駄」とは限らないです。
 
僕は、大学で、実験や研究が楽しくて、大学院に行こうとします。
難しい試験に合格して、それはもう、うれしかったです。
でも、卒業間近に、1年次に取得しておくべき必須単位が足りないことが発覚します。
その授業のテストは、授業中に使ったノートを持ち込んでいいテストでした。
僕はノートをかなりしっかりとっていたので、
何人かのクラスメートが、コピーを欲しがりました。
しかし、テスト会場に行ったら、「ノートを提出したら帰ってよし」というのです。筆記試験はありませんでした。
僕は、自分のノートを提出して帰りました。
でもそのとき、僕のノートのコピーを提出している人がいたのです。
僕はそれを知りませんでした。
しばらくして、掲示板に、「植松と〇〇は教官室に出頭せよ。」という張り紙が出されたそうですが、僕はそれに気がつきませんでした。
それから3年後に、それは時限爆弾のように作動しました。
僕は、大学院合格を取り消され、卒業もできなくなりました。
絶望しました。自分の不幸を呪いました。
でも、教授は、大学院生扱いをしてくれて、研究室で実験や研究をさせてくれました。そして、ちょうどそのときに、名古屋からリクルートの人が来たのです。そして僕は、あこがれの堀越次郎が働いていた場所で仕事をすることになります。
もしも、大学院に合格していたら、普通に卒業していたら、その出会いはありませんでした。
だから、僕は、留年してラッキーだったのです。
 
僕は名古屋で働きます。
夢がかないました。あこがれの仕事です。
でも僕は、そこでも絶望します。
そして、会社を辞めて、実家に帰り、家事手伝いから再スタートです。
毎日毎日、山奥に行って、重機を直します。
部品をガソリンで洗うから、手はガビガビになり、ひび割れます。
しかも、仕事がどんどん減ります。
こりゃ大変だ・・・と思いました。
名古屋の暮らしが懐かしくもなり、自分は不運かも・・・と思います。
でも、僕は、飛行機やロケットの本を買い続けていました。
自分で調べて、学んでいました。
そして、それらの知識を活かして、リサイクル用のマグネットを考えることができました。
その結果、植松電機は、消滅せずに、ちがう会社として再生します。
 
それでも僕は絶望します。事業に失敗したからです。
死んでしまおうかと思ったこともありました。
でも、やがて、喰っていくために、競争相手をやっつけるようになりました。
自分がどんどんおかしくなっていきました。
でも僕は、とても心優しい子ども達に出会います。
児童虐待にあったのに、人を愛する子ども達です。
そのとき僕は、いろんな事に気がつきます。
そして、僕は、「どーせ無理」という、人の自信や可能性を奪う言葉を無くしたい。人の夢や希望や努力を否定する言葉を無くしたい。と思うようになります。
そのときに、永田先生に出会えて、僕は宇宙開発できるようになりました。
 
僕は、何度も自分を不幸だ、不運だ、と思っています。
でも、結果的に、現在につながっています。
どの不幸もどの不運も、現在の僕にとっては、欠かせない過去です。
だから、運が悪いと努力が無駄になる、と言うことは無いです。
 
どんな事にも、意味があります。
そして、どんな目にあっても、能力を増やす努力をやめさえしなければ、どんな不幸も不運も、きっと、不可欠な過去になります。
 
夢をかなえるためには、「運」も大切だ。
だから、努力すれば夢がかなうとは限らない。
努力が無駄になることもある。なんて言葉は、
一見、ごもっともに見えますが、そうとはかぎらないです。