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植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

50歳になりました

人生50年。化天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか。
 
50歳になりました。
アラフォーじゃなくなりました。
 
沢山の方々からのお祝いのメッセージが、本当にありがたいです。
 
40歳を過ぎた頃から、どんどん目が老眼になり、
本を読むのがつらくなってきました。
ついつい字が大きい本を選びがちです。
若い頃は、新聞の文字が大きくなりますという記事を見るたびに、
情報密度がさがる!とか言ってましたが、
歳をとると、字が大きくなることはありがたいです。
(僕の知ってる限り、新聞の字は大きくなり続けています。ということは、新聞の歴史は、まだとても浅い、ということかなと思います。)
 
スポーツシューティングクラブのゲームで、
エアガンで撃ち合いをするときも、
以前なら命中しなかった弾が、ばしばし当たります。
「な、なんだ、私が直撃を受けている!?」状態です。
で、やられてから、安全地帯に戻ると、たいてい、
僕とほぼ同じ歳の戦友がたたずんでいます。
うーむ。そういうことか。
 
おそらく、めがねとか、いろんな薬が無かった時代、
50歳は、戦力外通告モンだったのかもしれないと思います。
信長も、衰えていく自分の能力が寂しかったかも。
 
でも、現在は、ヘッドルーペもあるし、いい薬もあります。
昔なら、あきらめざるをえないことを、あきらめないですみます。
おまけに、若い頃から比べたら、こらえ性は増しています。
うんと老獪になりました。
 
この老獪さのままで、若い自分に戻れたら、
しなかったであろう過ちがやまほど思い浮かびます。
しかし、もしもその過ちを経験していなければ、
いまの老獪さはありません。
だから、過去を悔やむのはナンセンスなのかも。
 
さて、50歳からの1日目。
今日は、沖縄のサドベリースクールの子達がやってきます。
通常の学校の義務教育ではない、主体的な教育を経験してきている子達です。
これからの時代、思考力がとても重要です。でも実は、思考力は、教えられて身につくものではありません。思考力は、自分で考えて、自分で試さないと育たないです。
僕は、サドベリースクールをはじめとした、様々な主体的な教育が、これからの時代に必要だと思っています。
去年の3月に、目をきらきらさせて、沖縄の講演会に来てくれていた子達だと思います。
今日、彼らは、ロケットが作れて、飛ばせる人になっちゃいます。
再会が楽しみです。