植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

言論の自由(相手の発信力を保障し、相手の意見を正そうとせず、自分の意見を発表する。)

沖縄の新聞社をつぶしてしまえ的な発言が、物議を醸しています。

「ばかだなあ、こんなこと、思っていても、言わなけりゃあ良かったのに」と思う人もいるでしょう。
でも、僕は、この人達が、誰にも言わないで、
実際に新聞社をつぶしにかかっていた方が怖いです。
言わなけりゃあ、ばれなかったです。でも、言っちゃって公開されたから、ばれたおかげで、そういう考えがあるんだということがわかりました。
こういう発言が、明らかになるって事は、
まだまだ日本も捨てたもんじゃないのかな、と思います。

僕も「新聞社を潰せ」という意見には反対です。
それは、ものすごく言論の自由を奪うことです。
もしも、沖縄の新聞社の伝えることが、自分の意見と違ったとしたら、すべきことは、相手の伝える方法を奪う事ではなく、自分の意見を伝える努力のはずです。
それは、選挙運動とまったく同じ事だと思います。
だから、新聞社を潰せ、という思考は、民主的な選挙の価値さえも否定するような、低レベルな思考だと思います。


でも、飲み屋に行ったりすると、そりゃもう、
極論の嵐が吹き荒れています。
この「沖縄の新聞社を潰さないといけない」とか「沖縄の一部が中国に占領されたら、沖縄の人も目が覚める」というような意見は、僕も北海道にいてさえ、耳にしたことがあります。
そう思う人は、少なからずいるはずです。
僕は、祖父母が樺太で暮らしていたから、自分の古里が戦場になったり、異国に奪われてしまうことの恐ろしさや悲惨さを知っています。
だから、こういう意見は、冗談でも言わない方がいいと思うし、
とても悲しくなります。
僕は「おまえの考えは間違ってる!」と怒ればいいでしょうか?
でも、こういう意見は、実際にあるのです。
その人達は、悪い人なのかな?
その人たちにも、言論の自由はあります。

僕は、他人のブログやfacebookに書かれていることに、
反論したり、否定するようなコメントを書いたことはありません。
だって、それは、その人の意見なんです。
いかに、自分の意見と違っているからって、それを直接に否定したり、正そうとするのは、言論の自由の侵害では?
そもそも、なんで否定しなくちゃいけないのか?
その人の思考を訂正してやる!
その人の考えを正してやる!
なんちゅう上から目線でしょう。

僕は、「どーせ無理」という言葉を無くしたいです。
でも、ネット検索しまくって、「どーせ無理」な発言に、
一つ一つ反論する必要なんてないです。
僕は「どーせ無理」という言葉を使ってしまっている人がいても、その人を否定したりする気はまったくありません。
だって、その人は、誰かに自信や自由を奪われてしまった結果、自己肯定感が乏しくなり、「自分なんて・・・」の状態に陥っているだけなのかもしれないのです。
だったら「どーせ無理」というその人を攻撃するよりも、
その人が自信を取り戻せるようにささえた方がいいはずです。

だから僕は、自分の意見を、自分のサイトに書くのです。

言論の自由を語るときは、もっとも大事なのは、相手が自分の意見を発することそのものを否定してはいけない、ということです。
その上で、自分は相手の意見を正そうとしていないか注意すべきです。
その上で、自分の意見を自分の方法で発すればいいです。

もしもこれを、みんなが知っていれば、
ネット上の誹謗中傷なども、激減する可能性があると、
僕は思っています。