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植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

自分の現在の値で、自分の未来をあきらめないで。

おそらく、いま高等学校以上に在学中の人の中には、
「いけそうなところにいけ」という進路指導のおかげで、
自分が興味を持っていなかった分野に、
なんとなく、「どれを選んでもよくわからないから、なんとなくおもしろそうなのを選んで」きてしまった・・・という人がいるのではないかと思います。
 
そういう人は、やがて、周囲の「興味のある人達」とのギャップに気がついて、自分に劣等感をもってしまったりするかもしれません。
 
でも、大事なことは、そこは学校だということです。
「知らなかったことを知る」場所です。
「最初から出来てる」人は、学校で損をしています。
「なんにもしらない」人こそ、学校は価値があるはずです。
 
そして、知らないことを知ることで、
間違いなく脳みそは活性化します。
そして、知らないからこそできる思考があります。
常識にとらわれない考え方が出来ます。
 
だから、何も知らない自分を、すでに知ってる他人と比較して、
落ち込む必要はまったくないです。
これから、知ればいいだけです。
そして、知らないが故の自分の感覚を信じた方がいいです。
 
ともすると、学校の先生の中には、
すでに高い能力をもつ子を褒める人もいますが、
それは、教えるのが楽だからじゃないの?手抜きじゃない?
 
教育とは、評価ではないです。
教育とは、知識と経験を与え、成長させるためのものです。
そのためには、失敗を乗り越え、もっと前に進もう!という情熱を増やすのがとても大事です。
だのに、「すでに知ってる」「わかる」「できる」を褒めてしまうと、「知らない」「わからない」「できない」を「だめだ」と評価してるのと一緒です。教育の意味ないです。
 
僕は、ロケット教室の時、すごく器用で出来る子がいても、そのことを取り立てて褒めたりしません。その子には、「それはとてもいい能力だから、もっと伸ばしたらいいね。もっと大きいロケットも作れるから、また来てくれたらうれしいよ。でもいまは、もしもまわりで困ってる人がいたら、助けてあげてね。」と言っています。
実は、教える事でも能力は高まります。
 
現在の値なんて、明日変えることが出来るのです。
知らなかったら、覚えればいいだけです。
わからなかったら、調べればいいだけです。
出来なかったら、やればいいだけです。
 
どうか、今の自分の値で、自分をあきらめないで。
これから、まだまだ成長できるのだから。