植松努のブログ(まんまだね)

基本的に、facebookの僕の記事を転載します。

トライと、デルタ(デルタフォースじゃなくて、微分積分のデルタだよ)

先日、めずらしく、何気なしにテレビを見ていたら、犬の訓練士さんの番組をやっていました。
 
言うことを聞かなくて、人を咬むなどの問題をおこして、飼い主がもてあましてしまった犬を更正する人が描かれていました。
 
その中で、とても印象的だったのは、問題行動を起こす犬のことを「この子は、うれしさをしらないんです」と言ったことです。
 
お手、お座り、ふせ、をひたすらやらされる。
できなかったら怒られる。
できても褒めてもらえない。できて当たり前。
それを繰り返された結果、「うれしさ」がわからなくなってしまい、人間の言うことを聞かなくなってしまったのだそうです。
 
そのシーンを見ていて、
「あ、これ、僕が学校で感じたことだ」と思いました。
 
学校の勉強は、できて当たり前。
他の子ができてることが、なんでお前にはできないの?
なんでわからないの?なんでおぼえられないの?
なんでわすれるの?
たまたまいい点数をとっても、ようやく普通の扱い。
大学に合格したことを高校の先生に報告に行ったら、
「運も実力のうち」「お前は運がいいなあ」のオンパレード。
 
僕が好きでおぼえたことや、趣味のことは、
「そんなことおぼえてどうするの?」
「勉強もできないくせに、余計なことするな」
です。
 
残念なことに、僕が通った中学校も、高校も、
先生が理解する価値観以外は否定され、
先生が要求することができて当たり前。できなかったら怒られる。という世界でした。
そこでは、たしかに、「うれしさ」なんて、感じようがなかったです。
 
でも、僕が犬とちがったのは、僕の時間があったからです。
僕は、団体競技の部活をしなかったので、学校が終わったら、1人で山に行って、山をうろついたり、図書館で調べ物をしたり、設計をしたり、ものを作ったりと、自分で考えて使う時間を沢山持っていました。
その間に身につけた力が、僕を支えています。
 
昔、褒めて伸ばす、という言葉がありましたが、
これは、よく軍隊の映画などにある、罵倒して相手の人格や常識をリセットさせるような指導方法よりは、遥かによいと思っていますが、注意が必要だと思っています。
大事なのは、トライと、デルタ、です。
トライとは、やったことがないことに挑むこと。
デルタとは、増分です。
僕は、この二つに関しては、全力で褒める、というか、応援して、感動します。
 
トライと、デルタ。これは、自分にも当てはまります。
自分のトライとデルタを、褒めてあげてほしいです。